専大松戸・持丸監督の「楽しくなきゃ辞めろ」は冷たいか?未経験パパが息子の『撤退』を支えた真実
少年野球を頑張る我が子を見て、応援に熱が入らない親はいません。週末のグラウンドに足を運び、泥だらけのユニフォームを洗い、時にはお茶当番や車出しで自分の時間を削る。そこまでして支えてきた子供の口から、ある日突然「野球、辞めたいかも……」という言葉がこぼれたら、あなたはどうしますか?
「ここまで頑張ってきたのにもったいない!」
「もう少しだけ続けてみたら?」
「せめて今のチームを卒団するまでは……」
思わずそんな言葉をかけてしまいそうになるのが、親の素直な感情でしょう。私自身、野球未経験でありながら息子と共にゼロから野球を学び、二人三脚で歩んできた「野球パパ」の一人です。だからこそ、その焦りや寂しさは痛いほどよく分かります。
しかし、人生の岐路に立つ子供に必要なのは、親の「続けてほしい」という願いの押し付けではありません。
この記事では、2026年のセンバツ高校野球でも話題になった専大松戸高校・持丸修一監督の「楽しくなくなったら辞めるべき」という言葉の真意を紐解きながら、私と息子が実際に経験した「軟式から強豪硬式野球部への挑戦と、そこからの撤退」というリアルな体験談をお話しします。
子供の「辞める」という決断は、決して「逃げ」ではありません。自律した一人の人間として新たなステージへ進むための、立派な自己決定なのです。この記事を読むことで、子供の選択を信じ、「続けなさい」と言わずにサポートする「親の本当の引き際と導き方」がきっと見えてくるはずです。
※AI生成による音声コンテンツにて、発音や読み方に違和感ございますが、ご了承ねがいます。
専大松戸・持丸修一監督が語る「楽しくなくなったら辞めるべき」の真意
日本の野球界には、長らく「一度始めたら最後までやり抜くのが美徳」という強い価値観が存在してきました。辛い練習に耐え、理不尽な環境にも歯を食いしばってこそ人間は成長する。そんな「昭和の根性論」は、今でも多くの指導者や保護者の心の奥底に根付いています。だからこそ、途中で野球を辞める子供に対して、どこか冷ややかな視線が向けられることも少なくありません。
しかし、高校野球の最前線で戦う名将から、その常識を根底から覆す言葉が発せられました。
77歳の名将がたどり着いた「楽しさ」という最強のモチベーション
2026年春のセンバツ高校野球。激戦の末に敗退した専大松戸高校の持丸修一監督は、試合後のインタビューでこう語りました。「子供たちの気力とか、楽しさとか、そういうのに釣られてグランドへ行くのが楽しい。楽しくなくなったら、もうそれは辞めるべきですよ」。
現在77歳。長年にわたり数多くの球児を育て上げ、甲子園という大舞台を何度も経験してきた大ベテランの口から「楽しくなくなったら辞めるべき」という言葉が出たことは、多くの高校野球ファンに衝撃を与えました。一見すると「冷たい」「突き放している」と捉えられかねない言葉ですが、実はここにこそ、現代のスポーツ指導の本質が隠されています。
持丸監督は、指導者が無理やりやらせる野球の限界を誰よりも知っているのです。厳しいノックで追い込み、恐怖で支配すれば、一時的にチームは強くなるかもしれません。しかし、そこに「自ら上手くなりたい」「野球が楽しい」という根源的なモチベーションがなければ、本当の意味での成長は止まってしまいます。77歳の名将は、何十年もかけて「楽しいからこそ限界を超えられる」という真理にたどり着いたのでしょう。
「やらされる野球」が高校の壁を越えられない理由
少年野球から中学野球へと進むにつれ、技術のレベルは上がり、競争も激しくなります。ここで多くの子供たちが壁にぶつかります。親や指導者に怒られないためにプレーする「やらされる野球」に染まってしまった子供は、この壁を前にして心が折れてしまいがちです。
なぜなら、やらされる野球には「自分で考えて工夫する余白」がないからです。高校野球ともなれば、フィジカルの強さだけでなく、配球を読む思考力や、試合の状況に応じた瞬時の判断力が求められます。これらは「監督に言われたからやる」という受け身の姿勢では絶対に身につきません。
持丸監督が言う「楽しさ」とは、単にワイワイおしゃべりをして遊ぶことではありません。「できなかったプレーができるようになる喜び」「強敵を自分たちの考えた作戦で倒す痛快さ」といった、知的な探求心を伴う楽しさです。この楽しさを失った瞬間、野球はただの「苦痛な作業」へと成り下がってしまいます。苦痛な作業を高校生という多感な時期に毎日数時間も続けさせることは、果たして教育と呼べるのでしょうか。
「辞める=逃げ」という昭和の呪縛から親が解放されよう
私たちがまずすべきことは、「辞めること=逃げ、挫折」という昭和の呪縛から自分自身を解放することです。
「途中で辞めたら、辛いことからすぐ逃げ出す大人になってしまうのではないか」と心配するパパやママの気持ちは痛いほど分かります。しかし、本当にそうでしょうか。大人になれば、自分に合わない職場や、理不尽な環境から「戦略的に撤退する」スキルが必要不可欠になります。耐え続けて心を病んでしまうより、自分の限界や適性を見極め、次の道を探す決断力の方がよほど重要です。
野球は素晴らしいスポーツですが、万能の特効薬ではありません。野球を通じて学べることは多いですが、野球でなければ学べないわけでもないのです。子供が「野球が楽しくない」と感じたとき、それを「逃げ」と断定するのではなく、「別のステージへ向かうための心の準備が始まった」とポジティブに捉え直す視点が、今の私たち親世代には求められています。
【実体験】軟式から硬式へ。ガチ野球部の体験入部で見た「壁」と「居場所」

ここで、私たち親子の個人的な体験談をお話しさせてください。持丸監督の言葉が、私の心に深く刺さったのには理由があります。私の息子もまた、野球というスポーツに真正面からぶつかり、そして自らの意志で「辞める」という選択をしたからです。
小学生ソフトボールから中学軟式、合同チームで育んだ心と体
息子の球歴は、地域の子供会が主催する小学生のソフトボールから始まりました。決して強豪チームではありません。地域の子供たちが集まり、週末に和気あいあいと汗を流す、ごく普通のチームです。私自身も未経験ながらコーチとして手伝い、キャッチボールの基礎から一緒に学んでいきました。
中学生になり、息子は学校の軟式野球部に入部しました。しかし、少子化の影響もあり、部員数はギリギリ。他校との合同チームを組まなければ試合に出られないような環境でした。それでも息子は、チームの要であるキャッチャーというポジションを任され、泥だらけになりながら白球を追いかけました。
キャッチャーは、肉体的にも精神的にも過酷なポジションです。重い防具をつけ、立ったり座ったりを繰り返し、ピッチャーを励まし、内野陣に指示を出す。強豪校のように洗練された技術はなかったかもしれませんが、人数が少なく、なかなか勝てないチームの中で、息子は確実に「忍耐力」と「周囲を見る目」を養っていきました。私にとって、キャッチャーマスク越しに見える息子の真剣な眼差しは、何よりの誇りでした。
自分で選んだ高校と、たまたま出会った「ガチの強豪野球部」
そして迎えた高校受験。息子は野球の強豪校ではなく、「将来自分がやりたい勉強ができる学校」を自らの意志で選び、見事合格を果たしました。親としては、その主体的な選択を心から応援していました。
ただ、運命のいたずらか、その高校にはたまたま「ガチの強豪野球部」が存在していました。甲子園出場経験もあり、県内でも屈指の実力を持つ硬式野球部です。
入学前、息子は「せっかくだから、少しだけ見学してみたい」と言い出しました。心のどこかで「高校でも野球を続けたい」という火種が残っていたのでしょう。私は「無理をするなよ」とだけ伝え、彼をグラウンドへ送り出しました。
硬式経験者たちとのギャップと、一生懸命な息子の背中
体験入部の日。私も少し離れた場所から、息子の姿を見守っていました。
そこには、今まで息子が見てきた景色とは全く違う世界が広がっていました。中学生の頃から硬式クラブチーム(シニアやボーイズ)でバリバリ鍛え上げられてきた、坊主頭の屈強な同級生たち。打球の速さ、送球の正確さ、そして何より、グラウンドに響き渡る声の質と緊張感が違いました。
軟式ボールの跳ね方に慣れ親しみ、合同チームでのんびりと野球を楽しんできた息子にとって、そのギャップはあまりにも巨大でした。硬式球の重く鋭い当たりをキャッチする恐怖、一瞬の気の緩みも許されない張り詰めた空気。
それでも、息子は一生懸命にやっていました。逃げ出さず、周りのレベルになんとか食らいつこうと、必死に体を動かしていました。キャッチャーミットを構えるその背中は、親の目から見ても「よく頑張っている」と思えるものでした。決して、野球に背を向けたわけではありませんでした。
「ここは自分の居場所ではない」という肌感覚を尊重する
しかし、体験入部が終わった帰り道。息子の表情は晴れませんでした。
「どうだった?」と聞く私に、息子はポツリと言いました。
「……なんか、俺の居場所じゃない気がする」
技術的な差だけではありません。野球に対する熱量、高校生活のすべてを野球に捧げる覚悟。そうした「強豪校の空気」の中に身を置いたとき、息子は自分の内側にある「将来やりたいこと」との間に、埋めようのないズレを感じ取ったのです。
これは、実際にその場に立ち、肌で感じなければ絶対に分からない感覚です。親が外から見て「もったいない」「もう少し頑張れば通用するのに」と評価できるような次元の話ではありません。彼の魂が、「ここじゃない」とシグナルを発していたのです。
その瞬間、私は決断しました。「続けなさい」とは絶対に言わない、と。
世界の常識から見る「辞める」という選択肢の正当性
息子の決断を受け入れることは、親として少しの寂しさを伴うものでした。しかし、スポーツ科学や海外の育成事情といったファクト(客観的事実)に目を向けると、彼の選択がいかに理にかなった「正当な撤退」であったかが分かります。
「早期専門化」が引き起こす燃え尽き症候群(バーンアウト)の危険性
近年、日本のスポーツ界でも問題視されているのが「早期専門化」のリスクです。幼少期から一つの競技(野球など)に絞り込み、1年を通じて激しいトレーニングを積ませることは、将来的に大きな弊害をもたらすと指摘されています。
日本のスポーツ庁が推進する部活動のガイドラインにおいても、「子供が怪我やバーンアウト(燃え尽き)しないことが何よりも大切」と明記されています。燃え尽き症候群とは、過度なストレスやプレッシャー、あるいは「楽しくない」という感情を押し殺して競技を続けた結果、突然プツリと糸が切れたように無気力になってしまう状態です。
高校の強豪野球部に無理をして入部し、周囲とのギャップに苦しみながら「親の期待に応えるため」だけに野球を続けていれば、息子もいずれ深いバーンアウトに陥り、野球そのものを嫌いになっていたかもしれません。
アメリカの「マルチスポーツ」思想:ドロップアウトは失敗ではない
目を海外に向けてみましょう。野球大国であるアメリカやドミニカ共和国などでは、「ドロップアウト(ある競技を辞めること)」に対する考え方が日本とは全く異なります。
アメリカでは、季節ごとに異なるスポーツを経験する「マルチスポーツ」が一般的です。春は野球、秋はアメリカンフットボール、冬はバスケットボールといった具合に、子供たちは様々な競技を渡り歩きます。そのため、あるスポーツから別のスポーツへ転向すること、つまり一つの競技を「辞める」ことは、ごく当たり前の成長プロセスとして受け入れられています。
「このスポーツは自分に合わない」「別のことに興味が湧いた」と感じたら、あっさりと別の道を選ぶ。アメリカの親たちは、それを「逃げ」とは呼びません。むしろ、自分に合った環境を自ら探し出す能力(セルフ・アドボカシー)として高く評価します。
才能の再発掘へ。一つの競技を終えることは、次へのスタート
息子が野球を辞めたことは、野球という箱の中で見れば「終わり」かもしれません。しかし、彼の人生全体という長いタイムラインで見れば、単なる「スタート地点の変更」に過ぎません。
野球に費やしてきた膨大な放課後の時間と体力が、突然ぽっかりと空くわけです。それは、今まで見えていなかった新しい才能の芽に水をやり、育てるための貴重なリソースを手に入れたことを意味します。プロ野球選手になることだけが人生の成功ではありません。一つの競技にピリオドを打つことは、次なる「夢中になれるもの」を探すための、ポジティブで建設的な第一歩なのです。
「続けなさい」と言わない勇気。親が陥りがちな罠と「他責思考」

頭では「子供の人生だ」と分かっていても、いざ我が子が「辞める」と言い出したとき、何も言わずに受け入れるのは至難の業です。私自身、息子が「居場所じゃない」と言った夜は、様々な感情が入り乱れました。
親の「もったいない」という感情が子供を追い詰める
親が最も陥りやすい罠、それは「もったいない」という感情です。
「あんなに高いグローブを買ったのに」
「週末の練習に何年も付き合ったのに」
「レギュラーになれるかもしれないのに」
こうした「もったいない」は、実は子供のためではなく、親自身の「投資(時間やお金、労力)への未練」から来るものです。この未練を子供にぶつけてしまうと、子供は「自分が野球を辞めたら、お父さんやお母さんを悲しませてしまう」という強烈な罪悪感を抱くことになります。結果として、自分の心に嘘をつき、親のために嫌々野球を続けるという悲劇が生まれます。
選択を強制した結果生まれる「親のせい」という他責思考
もしあの時、私が息子に「せっかく体験まで行ったんだから、まずは3ヶ月続けてみろ」「逃げるな、頑張れ」と強く説得し、野球部に入れさせていたらどうなっていたでしょうか。
おそらく、彼は私の言う通りに入部したでしょう。しかし、厳しい練習の中で壁にぶつかったり、理不尽な思いをしたりした時、彼の心の中には必ずこう囁く悪魔が生まれます。
「お父さんがやれって言ったからやってるのに」
「俺は本当はやりたくなかったのに」
これが「他責思考」です。人生の重要な決断を他人に委ねてしまうと、結果が悪かった時にすべて他人のせいにしてしまいます。他責思考の人間は、困難に直面した時に自分で乗り越える力(レジリエンス)を発揮できません。親が無理に引っ張って選択を強制することは、子供から「自分の人生の責任を引き受ける機会」を奪い取る、非常に残酷な行為なのです。
ベストプラクティスは存在しない。正解のない人生の歩み方
子育てにおいて、「こうすれば必ず上手くいく」というベストプラクティス(最適解)は存在しません。野球を続けさせて大成功する子もいれば、辞めて大成功する子もいます。人生の選択肢の先にある結果は、誰にも見通すことができないからです。
だからこそ重要なのは、「どの道を選ぶか」ではなく、「どのように選ぶか」です。
結果が良いにしろ悪いにしろ、「これは俺が自分で決めた道だ」と胸を張って言えること。後悔のない選択の仕方を身につけさせること。それが、親が子供に与えられる最高の教育だと私は信じています。
放置はNG。親が果たすべき「導き」と「サポート」の境界線
「子供の好きにさせる」「強制しない」というと、すべてを子供任せにする「放任主義(放置)」をイメージする方もいるかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。未熟な十代の子供に対して、親が果たすべき「導き」の役割は確実に存在します。
子供の決断を尊重することと「無関心(放置)」は全く違う
「辞めたいなら辞めればいいよ。あなたの勝手だから」と突き放すのは、子供の決断を尊重しているようでいて、実は育児の放棄に近い無関心です。
子供が「辞めたい」と言い出したとき、親はまずその言葉の背景にある「本当の理由」に耳を傾ける必要があります。単なる一時的な感情(監督に怒られた、たまたまエラーした)なのか、それとも息子のように「自分の本質的な居場所ではない」という深い気付きから来るものなのか。
対話を通じて子供の心を整理する手伝いをすること。これが「サポート」の第一歩です。息子との対話の中で、私は彼が単に「練習がキツいから逃げたい」のではなく、自分の将来の目標と野球部の熱量との間の「ズレ」を冷静に分析していることを確認しました。だからこそ、その決断を尊重できたのです。
明らかに間違った道へ進みそうな時の「軌道修正」のアプローチ
とはいえ、子供の選択が明らかに危険な方向、つまり間違った道へ進んでいる場合は、親として黙って見ているわけにはいきません。例えば、野球を辞めた後に夜遊びを始めたり、自暴自棄になって学業を完全に放棄したりするような兆候があれば、それは「撤退」ではなく「転落」です。
そのような時は、頭ごなしに否定するのではなく、「なぜその行動をとるのか?」を問いかけ、「その選択の先にどんなリスクがあるか」を客観的に示す必要があります。「父さんはあなたの味方だが、その行動はあなたの将来を狭めると思う」と、Iメッセージ(私はこう思う)で伝えることが重要です。強制ではなく、冷静な事実の提示による「軌道修正」を試みるのです。
陰ながら選択肢を提示し、最終決定権は子供に委ねる技術
親の役割は、子供の視界を広げるための「選択肢の提示」です。
野球を辞めた後、息子にはポッカリと時間ができました。私は「勉強しろ」とは言わず、さりげなく色々な本をリビングに置いたり、興味を持ちそうなイベントの話を食卓で出したりしました。彼が自分の将来に向けて決めた高校に進学したのだから、そこで学べることの可能性を陰ながらサポートしたのです。
「こんな道もあるよ」「こういう世界もあるよ」とカードを並べて見せる。しかし、どのカードを引くかは絶対に子供自身に決めさせる。この「最終決定権の委譲」こそが、子供を他責思考に陥らせないための最大の防御策になります。
「自ら道を開いた」という成功体験が、次のステージを輝かせる
高校野球の舞台に立つことはありませんでしたが、息子のこれまでの道のりは決して無駄ではありませんでした。むしろ、そこでの経験と「自分で決断した」という事実が、今の彼を強く支えています。
キャッチャー経験で培った肉体的・精神的な財産は一生消えない
小・中学時代に、弱小チームで不器用ながらもキャッチャーを努め上げた経験。重い防具を背負ってしゃがみ込み、ピッチャーの荒れ球を必死に体で止めた日々。負け試合の中でも最後まで声を出してチームを鼓舞したこと。
これらの経験は、彼の肉体を強くしただけでなく、精神的なタフさ、そして「他人の痛みがわかる優しさ」を育んでくれました。野球を通じて得た一般的な礼儀作法や、集団の中で自分がどう動くべきかという客観的な視点は、高校という新しい社会に入っても、間違いなく彼を助ける大きな財産となっています。これらは、親がいくら口で教えようとしても身につかない、現場での泥臭い実践の賜物です。
新たな目標(高校生活の本質)へ向かう息子の自律
息子は今、自分で決めた高校で、自分のやりたい方向性に向かって進んでいます。ガチの野球部という「他人が用意した熱狂」の中ではなく、自分自身で見つけた目標に向かって、静かに、しかし確実に歩みを進めています。
もし私が無理やり野球部に押し込んでいたら、彼は今頃、毎日疲れ果てて不満ばかりこぼしていたかもしれません。自分で「野球をやらない」と決め、自分で「この学校でこれを学ぶ」と決めたからこそ、今の彼には「自律」の光が宿っています。親から見ても、その背中は中学時代よりずっと頼もしく、自分の足で人生を歩き始めていることが分かります。
未経験パパだからこそできる、一歩引いた「最強の応援団長」の在り方
私たち野球未経験パパは、元プロ野球選手のように高度なバッティング理論を教えることはできません。しかし、だからこそできる「最強のサポート」があります。
それは、野球の枠にとらわれず、子供を「一人の人間」として俯瞰して見守ることです。技術に口出しできない分、子供の顔色、疲労度、そして心のSOSには敏感になれるはずです。
持丸監督が言う「楽しさ」が失われていないか。息子が息子らしくいられる「居場所」がそこにあるのか。未経験パパは、グラウンドの熱狂から一歩引いた場所から、冷静に我が子を観察する「専属のメンタルトレーナー」であり「最強の応援団長」になれるのです。
まとめ:野球の終わりは、人生の新たな始まり

専大松戸の持丸監督が放った「楽しくなくなったら辞めるべき」という言葉。それは決して突き放した冷たい言葉ではなく、子供の自発性を尊重し、無理な押し付けがもたらす不幸(バーンアウトや他責思考)から子供を救う、愛と真理に満ちた言葉でした。
私の息子は、軟式から硬式への壁、そして強豪校の空気を肌で感じ、「自分の居場所ではない」と悟りました。その感覚は正しく、彼が自らの手で人生のハンドルを握った瞬間でもありました。親として「続けなさい」と言わなかったあの日の勇気が、今の彼の自律した歩みに繋がっていると確信しています。
子供が野球を辞める日は、いつか必ず来ます。それが小学生の時なのか、高校の時なのか、あるいはプロ野球選手になってからなのかの違いでしかありません。大切なのは、その「終わり方」です。
親の未練で引き伸ばすのではなく、本人が納得してピリオドを打ち、次のステージへ向かう背中を笑顔で押してあげること。それこそが、休日のすべてをグラウンドに捧げてきた私たち「野球パパ」の、最後の、そして最高の大仕事なのではないでしょうか。
悩める未経験パパの皆さん。どうか子供の「選択」を恐れないでください。野球の終わりは、決して挫折ではなく、彼らの輝かしい人生の新たな始まりなのですから。
