「強豪チームに挑戦させたい。でも、試合に出られない3年間になったらどうしよう」。
子どもの進路を前にすると、応援したい気持ちと、つらい思いをさせたくない気持ちがぶつかります。
101人の部員を束ねる盛岡大付の主将・柳葉一路選手は、試合で打席や守備に就くのではなく、三塁コーチとしてサヨナラ勝ちを呼び込む判断をしました。その背景にあったのが、高校進学を控え進路を熟考していた時期に父・柳葉敏郎さんから伝えられた「たとえ3年間、ベンチの外でも強くなってくれたらありがたい」という趣旨の言葉です。
ただし、この言葉を「出られなくても我慢しろ」と受け取るのは危険です。
一路選手は出場を諦めたのではなく、出場保証のない環境を自分で選び、そこで主将と三塁コーチという責任ある役割をつかみました。
では私たち親は、期待を押しつけず、子どもの挑戦と悔しさの両方をどう支えればよいのでしょうか。今回は、強豪チームを選ぶ前の確認事項、出場以外の成長の見方、そして親が言葉をかける順序まで、未経験パパの目線で一緒に考えます。
101人の主将・柳葉一路が三塁コーチとして動かした「最後の1点」
盛岡大付―水沢の準々決勝、1―1の9回2死から生まれたサヨナラ勝ち
2026年7月20日、全国高校野球選手権岩手大会の準々決勝。盛岡大付と水沢の試合は、1―1のまま9回を迎えました。
9回裏2死一、二塁。中桐銀二郎選手の打球が中前へ抜けます。ここで三塁コーチを務めていた柳葉一路主将は、二塁走者を本塁へ回しました。走者が生還し、盛岡大付は2―1でサヨナラ勝ち。準決勝進出を決めています。
結果だけを見れば「中前適時打でサヨナラ」とまとめられる場面です。しかし、その1点が生まれるまでには、打者、走者、そして三塁コーチの判断がつながっていました。
私たち保護者は、どうしても打った選手や投げた選手へ目を向けます。分かりやすく記録に残るからです。けれども、記録だけを追っていると、試合を動かしたもう一つの判断を見落とします。
この試合については、日刊スポーツによる準々決勝の詳報で、一路主将が走者を本塁へ回した場面と本人の受け止めを確認できます。
「臆病にならない」判断で二塁走者を本塁へ回した三塁コーチの責任
三塁コーチは、ただ腕を回して「走れ」と伝える応援係ではありません。
打球の速さと方向、外野手の捕球位置、送球する肩、走者の足、点差、アウトカウントを短時間で読みます。止めれば好機が続くかもしれません。回してアウトになれば、その瞬間に攻撃が終わる可能性もあります。
一路主将は9回2死という状況で、自分が臆病になってはいけないと考え、走者を本塁へ送りました。2死ですから、三塁で止めた後にもう一本安打が出る保証はありません。一方、無理に回せば本塁で刺されてチェンジです。
つまり、あの腕の動きには勝敗を引き受ける責任がありました。
少年野球でも、三塁コーチに入る子を「今日は試合に出ない子」とだけ見てしまうことがあります。しかし、子どもは大人が思う以上に、止めるか回すかで迷い、失敗した時の視線まで背負っています。
試合後に声をかけるなら、「大きな声が出ていたね」だけでは少し足りません。
「2死で回すのは勇気が必要だったね」
「どこを見て判断したの?」
こう聞けば、親にも三塁コーチの仕事が見えていたと伝わります。表面上の役割ではなく、そこにあった思考と責任を認める言葉になります。
主将なのに試合に出ていない、ではなく主将だから果たせた実戦的な役割
「101人の主将なのに、レギュラーではないのか」
そんな見方をする人もいるでしょう。ただ、「主将なのに試合に出ていない」という表現には注意が必要です。
一路主将は三塁コーチとして試合に参加しています。「打席や守備に就いていないこと」と「大会登録外であること」は同じではありません。元記事も、今大会で一路主将がベンチ外だとは報じていません。
そして三塁コーチは、勝敗へ直接関与する実戦的な役割です。主将として選手の特徴や状態を見続けているからこそ、走者の力を信じて送り出せた可能性もあります。
もちろん、これを「レギュラーでなくても主将なら満足できる」と単純化してはいけません。本人には二塁手として守りたい、打席に立ちたいという競技者の思いがあるかもしれないからです。
大切なのは、「出ているか、出ていないか」の二択を外すことです。
どの場面で、何を任され、どんな判断をしたのか。親がそこまで見られるようになると、子どもの成長を打率や出場イニングだけで測らずに済みます。

父の「ベンチ外でも強くなれ」は、結果が出なかった後の慰めではない
言葉が発せられたのは高校選びを熟考していた時期
父・柳葉敏郎さんの言葉を理解するうえで、最も大切なのは「いつ伝えられたか」です。
それは、高校で思うように試合へ出られなかった後の慰めではありません。一路選手が、高校の進路を熟考していた時期の言葉でした。
強豪校へ進めば、高い水準の指導や仲間に出会える一方、公式戦へ出られない可能性もあります。その現実を隠さず、悪い結果まで含めて進路を考える段階で伝えられたのです。
父の言葉と一路選手が盛岡大付を選んだ経緯は、Googleニュースに掲載された元記事と日刊スポーツの記事で確認できます。
順序を間違えると、意味は大きく変わります。
本人が強豪校に挑みたいと思う前に、親が「ベンチ外でも強くなればいい」と言えば、親の希望する学校へ誘導する言葉になりかねません。一方、本人が考え抜いたうえで挑戦を望んでいるなら、「結果がどうなっても、お前の選択を支える」という安全網になります。
同じ言葉でも、本人の意思を聞く前か、聞いた後か。それだけで、押しつけにも支えにもなるのです。
出場を諦めさせたのではなく、最悪の結果まで含めて挑戦を支えた
父の言葉を「試合に出なくても我慢しろ」と翻訳するのは正確ではありません。
一路選手は、出場保証のない盛岡大付を自分の進路として選びました。その後、主将に就き、試合では三塁コーチとして重要な責任を担っています。最初から出場を諦めたのではなく、競争へ入る決断をしたのです。
進路選びで必要なのは、成功する未来だけを語ることではありません。
レギュラーになれないかもしれない。登録から外れるかもしれない。けがをするかもしれない。周囲のレベルに圧倒されるかもしれない。そうした可能性を親子で確認したうえで、それでも行きたいかを本人へ返す必要があります。
最悪の結果を考えるのは、挑戦へ水を差すことではありません。結果が想定どおりにならなかった時、「こんなはずではなかった」と親子で崩れないための準備です。
親が渡すべきなのは出場保証ではなく、「望んだ結果にならなくても、話を聞ける場所は家庭にある」という保証ではないでしょうか。
親の言葉が子どもの覚悟を奪う時と、安全網になる時の違い
親の言葉が覚悟を奪うのは、子どもに代わって結論を決めた時です。
「強い学校へ行けば成長できる」
「せっかく声をかけてもらったのだから行くべきだ」
「ベンチ外でも3年間続ければ意味がある」
こうした言葉には一理あります。しかし、親の正解を先に置くと、子どもは自分の希望よりも親を納得させる答えを選びやすくなります。
反対に、安全網になる言葉は、選択権を本人に残します。
「何を得たくて、その学校へ行きたいのか」
「出られない期間があっても、その環境で続けたいと思えるか」
「途中で考えが変わった時も、一緒に考え直そう」
親が不安を消してやることはできません。しかし、不安を口にしても失望されない関係は作れます。
筆者自身も、息子が高校で硬式野球のレベルや環境の違いに直面し、最終的に入部しない決断をした経験があります。そこで学んだのは、継続そのものを価値にしないことでした。納得して選ぶこと、そして必要なら選び直せることの方が、子どもの人生には重要です。
強豪校への挑戦は「出場できるか」だけで決められない
101人に登録枠20人――数字から見える厳しい競争の現実
盛岡大付の部員は101人。一方、2026年夏の全国高校野球選手権大会の開催要項では、登録選手は1校20人以内で、地方大会も原則20人以内です。
単純に計算すると、登録枠に入れるのは約5人に1人。少なくとも81人は、一つの大会の登録から外れることになります。
もちろん、学年構成や大会ごとの入れ替えがあるため、3年間ずっと同じ20人という意味ではありません。それでも、「努力すれば全員が公式戦に出られる」という規模ではないことは分かります。
この現実を入部後に初めて知るのはつらいものです。親も子も、「強豪校だから競争は厳しい」と理解したつもりでも、100人を超える選手の中から20人という数字までは具体的に想像できていないことがあります。
だからこそ、憧れを壊すためではなく、覚悟を本人のものにするために数字を共有したいのです。
「101人もいるから無理」と結論づけるのでも、「努力すれば絶対に入れる」と励ますのでもありません。その環境へ入った時、自分は何を目指し、どんな時間を受け入れるのかを考える材料にします。
野球離れの一方で有力校へ選手が集中するというねじれ
全国的には高校の硬式野球部員が減っています。日本高等学校野球連盟の2026年度加盟校部員数調査では、硬式部員は124,116人で、前年比1,265人減となり、12年連続で減少しています。ところが、有力校には100人規模の部員が集まることがあります。
これは矛盾のようですが、「野球をする子が減ること」と「勝ちたい、甲子園を目指したい選手が特定の学校へ集まること」は同時に起こります。
地域の学校では単独チームを維持できず、合同チームになる。一方、強豪校では登録枠をめぐる厳しい競争が続く。高校野球の現場は、単純な人数減だけでは説明できない偏りを抱えています。
筆者の息子も、小学校と中学校で人数不足を経験しました。中学では合同チームも経験しています。不安定な環境ではありましたが、他校の子と関わり、異なる仲間とチームを作る経験も得られました。
人数の多さは競争の質を高めるかもしれません。しかし、人数が少ない環境にも、試合経験や幅広い役割を得やすい価値があります。
「強豪だから上、少人数だから下」という序列で考えないこと。子どもがどんな経験を必要としているかによって、環境の価値は変わります。
強い学校に入る価値と、公式戦に出られないコストを同じテーブルに載せる
強豪校には、高い競技水準、整った施設、実績ある指導、意識の高い仲間などの魅力があります。毎日の練習で得られる刺激は、公式戦出場だけでは測れません。
一方で、見えにくいコストもあります。
公式戦で失敗しながら学ぶ機会が少ない。自分より評価の高い選手を見続ける。努力しても登録へ届かない。遠征、寮、学費、用具などの家計負担が増える場合もあります。
ここで厄介なのは、メリットだけが「成長」、デメリットが「根性で乗り越えるもの」と整理されやすいことです。
公式戦に出られない時間も成長になる可能性はあります。ただし、自動的に価値が生まれるわけではありません。質の高い練習があるか、指導者から評価を受けられるか、対外試合へ出る機会があるか、本人が納得しているかによって意味は変わります。
強豪校を選ぶことも、出場機会を得やすい学校を選ぶことも、どちらも逃げではありません。
練習の質、出場機会、生活負担、学業、本人の性格。すべてを同じテーブルに載せて比べる。それが、学校名や甲子園実績だけでは決めない進路選択です。
主将は一番うまい選手ではなく、101人の景色をつなぐ人
1年時から評価されていた、先輩や指導者にも意見を言い切る力
一路主将は、守備を強みにする二塁手です。そして主将を務めています。
関口清治監督は、一路選手が入部当初から先輩や指導者にも自分の意見を言い切る姿を見て、1年時から主将候補として考えていたと説明しています。こうした守備位置や評価については、スポーツニッポンの記事で確認できます。
ここで注目したいのは、主将に選ばれた理由が打率や球速ではないことです。
自分の考えを言葉にする。相手が上級生でも、必要な意見を伝える。チーム全体へ働きかける。そうした力はスコアブックに残りませんが、大所帯を動かすうえでは欠かせません。
少年野球でも「一番うまい子がキャプテン」と考えがちです。しかし、技術の高さと、人の間をつなぐ力は別の能力です。
筆者の息子も、足や打撃が特別優れていたわけではありませんが、周囲への気配りと粘り強さがあり、高学年でキャッチャーを任された経験があります。ピッチャーや試合の空気を見てタイムを取る力は、単純な身体能力では測れませんでした。
ポジションや役職の適性は、うまい順だけでは決まらない。その視点を親が持つと、子どもの見え方は大きく変わります。
レギュラー、ベンチ、登録外で異なる景色をつなぐ「接続役」のリーダーシップ
101人の部員がいれば、同じユニフォームを着ていても見える景色は違います。
先発出場する選手は、勝敗へ直接関わる重圧を背負います。ベンチの選手は、いつ交代を告げられても動ける準備が必要です。登録外の選手は、応援や練習補助を担いながら、自分の出番を待ちます。
一つのチームの中に、複数の現実があるのです。
主将の役割は、全員に同じ気持ちを求めることではありません。異なる立場の声を拾い、試合へ出る選手と出ない選手の間をつなぐことです。
特に主将自身が常にレギュラーとして出場する立場ではない場合、外側から試合を見る選手の悔しさや役割を理解しやすい面があります。それは弱みではなく、接続役としての強みになり得ます。
ただし、「主将なんだから我慢できる」「主将だから裏方を当然に引き受けるべきだ」と負担を集中させてはいけません。
リーダーシップとは、一人で全員を背負うことではなく、異なる景色の間に通路を作ることです。
一人の人格に101人を背負わせない小さなリーダー制度
「101人を束ねる主将」という見出しは力強く響きます。しかし、実際に一人の高校生が100人全員の状態を把握し、意見を聞き、空気を整えるのは現実的ではありません。
強い主将がいれば組織がまとまるという発想は、分かりやすい反面、危うさもあります。問題が起きた時に「主将の統率力が足りない」と、構造上の負担を個人へ押しつけやすいからです。
大所帯では、学年ごとのリーダー、ポジション別の担当、練習班の責任者など、小さな単位が必要です。登録外の選手にも意見を伝える経路があり、それが指導者や主将まで届く仕組みがあれば、沈黙する子を減らせます。
この発想は少年野球でも使えます。
キャプテン一人に声出し、整列、用具確認、低学年の世話まで任せるのではなく、役割を分ける。子どもごとに小さな責任を渡す。そうすれば、役職のない子もチーム運営へ参加できます。
子どもの「人間力」に依存するより、声が届く仕組みを作る。これは指導者だけでなく、保護者も共有したい組織づくりの視点です。

「役割があるからいい」で、子どもの悔しさを封じてはいけない
三塁コーチを誇ることと、打席に立ちたい気持ちは両立する
一路主将の三塁コーチとしての判断は、胸を張って評価されるべきものです。
ただし、その役割の価値を語ることと、選手として打席や守備に就きたい気持ちは矛盾しません。
ここを大人が勝手に整理すると危険です。
「三塁コーチで勝利に貢献できたのだから、それで満足だよね」
そう言われた子は、悔しいと口にしにくくなります。せっかく役割を褒めてもらったのに不満を言えば、わがままだと思われるのではないかと感じるからです。
親は、二つの感情を同時に認めて構いません。
「大事な判断を任されたのはすごい」
「それでも、自分で打ちたかった気持ちはあるよね」
子どもの心は、感謝か不満か、誇りか悔しさかの二択ではありません。役割を誇りに思いながら、試合に出たいと願えます。
大人がきれいな成長物語へ急がなければ、子どもは複雑な気持ちを複雑なまま話せます。それが家庭の心理的安全性です。
裏方への敬意だけでは足りない――選考基準と再評価の機会が必要
試合へ出ない選手にも役割がある。これは間違いではありません。
用具の準備、記録、声かけ、ランナーコーチ、ブルペン捕手、相手校の分析。どれが欠けても、試合を円滑に進めるのは難しくなります。
しかし、「大切な役割がある」という説明だけで競技機会の不足を正当化してはいけません。
選手として入部した子には、練習の成果を評価され、再び登録や出場を目指す道が必要です。選考基準が見えないまま、同じ子だけが固定的に裏方を担えば、「チームのため」という言葉は我慢を求める道具になります。
指導者には、何を評価しているのか、次の選考はいつか、どんな行動で序列が変わるのかを示す責任があります。
保護者が確認する場合も、「なぜ、うちの子を出さないのですか」と結論へ迫るより、仕組みを尋ねる方が建設的です。
「登録外の選手には、どんな実戦機会がありますか」
「再評価はいつ行われ、何を基準にしますか」
親が求めるべきなのは我が子への特別扱いではなく、全員に見える再挑戦の道です。
支える役割から選手登録へ戻った健大高崎の事例に見る再挑戦の道
2024年夏の健大高崎では、箱山遥人主将が、メンバー外を含む3年生全員を同じメニューへ参加させてほしいと指導陣へ求めました。
地方大会ではベンチ外だった杉山優哉投手が紅白戦で結果を残し、甲子園では登録メンバーへ入り、先発登板しています。この経緯は、日刊スポーツの記事で報じられています。
この事例の価値は、「諦めずに頑張れば夢はかなう」という精神論だけではありません。結果を出し直せる場が実際に用意されていた点にあります。
練習へ参加できる。紅白戦で評価を受けられる。大会が変われば登録も見直される。その仕組みがあったからこそ、再挑戦が物語ではなく現実になりました。
支える役割と、選手として戻る道は両立できます。
むしろ、再挑戦の可能性が守られているからこそ、今の役割にも納得して取り組みやすくなります。反対に「チームのために支えてほしい」と言いながら、評価される機会を与えないのなら、その役割は本人が選んだものとは言いにくいでしょう。
役割を称賛する時ほど、その子の競技者としての希望が閉ざされていないかを確かめる。親にも指導者にも必要な視点です。
強豪チームを選ぶ前に、親子で確認したい7つの現実
本人の目的、A・Bチーム、練習試合数、選考の入れ替えを確認する
強豪チームを選ぶ前に、最低限確認したいのは次の7点です。
1. 本人がその環境で得たいもの 2. A・Bチームなどカテゴリーの分け方 3. 各カテゴリーの練習試合数 4. 選考と入れ替えの頻度 5. 学業や寮生活との両立 6. けがをした時の対応 7. 悩んだ時の相談経路
まず聞きたいのは、チームの実績ではなく本人の目的です。
甲子園を本気で目指したいのか。高い水準の練習を経験したいのか。公式戦へ多く出たいのか。野球を続けながら学業にも力を入れたいのか。目的が違えば、合う環境も変わります。
次に、人数の多いチームでは、A・Bチームがどのように運営されているかを確認します。名前だけBチームが存在していても、対外試合がほとんどなければ、実戦経験は増えません。
「Bチームは年間何試合ほど行いますか」
「選手の入れ替えは、どの時期にありますか」
「評価項目は選手本人にも伝えられますか」
この程度まで具体的に聞けば、パンフレットや戦績だけでは見えない日常が分かります。
学業・寮生活・けが対応・相談経路まで見て「続けられる環境」か判断する
野球の進路なのだから、野球の設備と指導者を見ればいい。そう考えたくなりますが、子どもが過ごすのは練習時間だけではありません。
授業についていけるか。寮で休息や食事を確保できるか。通学と練習で睡眠が削られないか。けがをした時、医療機関につながれるか。競技を続けられないほど悩んだ時、監督以外にも相談できるか。
こうした要素が、3年間を続けられるかどうかに直結します。
特に注意したいのは、相談経路です。監督が選考権を持ち、生活指導も担い、悩みの相談相手まで兼ねる環境では、選手が不満や不調を話しにくくなる場合があります。
部長、担任、寮の担当者、トレーナー、スクールカウンセラーなど、別の大人へつながる道があるかを確認しておきましょう。
筆者は、子どもの小さな痛みでも親だけで判断せず、医療機関へ行くことを大切にしてきました。専門家の言葉を親子で共有すれば、「まだできる」「もう休むべきだ」という家庭内の押し問答を減らせます。
続けられる環境とは、厳しさに耐えられる場所ではありません。苦しくなった時に助けを求められる場所です。
親の憧れを外し、出場機会の多いチームという選択肢も公平に比べる
甲子園出場歴のある学校、名の知られた監督、充実した設備。親が魅力を感じるのは自然なことです。
ただ、その憧れが子どもの目的と一致しているとは限りません。
親は「高いレベルで成長してほしい」と思っていても、本人は「公式戦で失敗しながらうまくなりたい」と考えているかもしれません。親は「強豪で3年間やり切った経歴」に価値を感じても、本人は日々の出場機会を重視しているかもしれません。
出場機会の多いチームを選ぶことを、競争から逃げる選択にしてはいけません。試合でしか身につかない判断力や、中心選手として責任を負う経験もあります。
反対に、出場の可能性が低くても、高い水準の仲間と練習することに本人が価値を感じるなら、その挑戦も尊重されるべきです。
公平に比べるためには、学校名を隠したつもりで条件を書き出してみる方法があります。
練習の質、出場機会、指導方針、通学時間、費用、学業、相談体制。条件だけを並べた時、本人はどちらを選ぶのか。親の憧れを一度外すと、子どもが本当に望んでいる野球が見えやすくなります。
親が伝えたいのは「ベンチ外でもいい」ではなく「どの結果でも味方だ」
結論を言う前に聞きたい「その環境で何を得たい?」
親は、子どもが迷っていると早く答えを出してあげたくなります。
経験がある大人ほど、失敗しそうな道を避けさせたくなります。未経験の親なら、知識不足を補おうとして、実績や周囲の評判へ答えを求めたくなるでしょう。
しかし、最初に結論を言うと、子どもは自分の考えを話す前に、親の期待を読み始めます。
まず聞きたいのは、シンプルな問いです。
「その環境で、何を得たい?」
すぐに答えられなくても構いません。「甲子園」「レギュラー」といった結果だけが返ってきたら、もう少し日常へ近づけて聞きます。
「どんな仲間と練習したい?」
「試合へ出ることと、強い相手の中で練習することなら、今はどちらを重く考えている?」
「うまくいかない時も続けたいと思える理由はある?」
これは覚悟を試す面接ではありません。本人の中にある希望と不安を、一緒に言葉へ変える作業です。
親が答えを決める前に聞く。その順序が、進路を子ども自身の選択にします。
挑戦への期待と、結果に左右されない承認を分ける声かけ
「ベンチ外でもいいよ」という言葉は、優しさから出たとしても、子どもには「親は自分が出られると思っていない」と聞こえることがあります。
反対に「絶対にレギュラーになれる」と言えば、結果が出なかった時に子どもを追い詰めます。
そこで、挑戦への期待と、結果に左右されない承認を分けて伝えます。
「出場を目指して挑戦することは応援する」
「出場できたかどうかだけで、挑戦の価値は決めない」
「思った結果にならなくても、味方であることは変わらない」
この三つは似ていますが、それぞれ役割が違います。
一つ目は、子どもの競技者としての希望を軽く扱わない言葉です。二つ目は、結果以外の成長も見るという約束です。三つ目は、親子関係を選考結果から切り離す安全網です。
一路主将の父の言葉が私たちへ示すのも、出場を期待しない姿勢ではなく、どんな結果でも人として強くなる挑戦を支える姿勢ではないでしょうか。
ただし、その言葉だけを借りるのではなく、本人の希望を聞いた後に伝えることが大切です。名言よりも順序が、子どもの心を守ります。
入部後に苦しくなった時も、継続と撤退を本人へ返す
進路は、入部した時点で終わりではありません。
実際の練習強度、人間関係、選考、学業との両立は、入ってみなければ分からない部分があります。覚悟して選んだとしても、途中で苦しくなることはあります。
その時、「自分で選んだのだから最後まで続けろ」と突き放すのは簡単です。しかし、15歳前後の子どもに、一度の選択の全責任を負わせるのは酷でもあります。
かといって、親がすぐに退部を決めるのも違います。
まず、何が苦しいのかを分けます。練習についていけないのか。出場機会が見えないのか。指導者との関係か。けがか。生活全体が限界なのか。問題によって、必要な対応は変わります。
そのうえで、続ける、役割を変える、指導者へ相談する、一定期間休む、退部するなどの選択肢を並べ、本人へ返します。
継続は立派です。しかし、継続だけが成長ではありません。自分の限界や価値観を理解し、選び直すことも成長です。
親は無理に続けさせない。同時に、悩んでいる子を放置もしない。選択肢を整え、必要な支援へつなぎ、最後は本人が納得して決められるように支える。それが、進路を共に引き受けるということだと思います。

まとめ
一路主将が示したのは「出場を諦める強さ」ではなく、自分の役割を選び取る強さ
柳葉一路主将の姿を、「レギュラーでなくても裏方として頑張った美談」だけで終わらせてはいけません。
一路主将は出場保証のない環境を選び、101人の主将となり、三塁コーチとして9回2死の局面で走者を本塁へ回しました。与えられた場所で静かに我慢したのではなく、勝敗に関わる責任を自分で引き受けたのです。
それは「出場を諦める強さ」ではありません。
今の役割を理解し、その役割から試合へ働きかける強さです。同時に、選手として出たい気持ちまで消す必要はありません。誇りと悔しさを両方持てることも、成長の一部です。
親が見たいのは、出たか出なかったかだけではなく、子どもが自分の選択と役割の主体でいられるかどうかです。
親の仕事は進路の正解を決めることではなく、選択できる材料と安全網を渡すこと
強豪校へ挑むべきか、出場機会の多いチームを選ぶべきか。すべての家庭に当てはまる正解はありません。
だからこそ、親の役割は正解を言い当てることではなく、選択できる材料を集めることです。
部員数と登録枠。A・Bチームの運営。練習試合。選考の入れ替え。学業や寮生活。けがへの対応。相談経路。現実を具体的に確認したうえで、本人が何を得たいのかを聞きます。
そして、「どの結果になっても味方である」という安全網を渡します。
子どもが主役であり、親はコントロールしない。ただし、すべてを本人任せにして放置するのでもありません。
環境を調べ、選択肢を整え、苦しくなった時には一緒に立ち止まる。未経験パパだからこそ、技術指導とは別の場所でできる大切な支え方があります。
次の週末、結果ではなく「今どんな役割をやりたい?」と聞いてみよう
次の試合で、我が子がスタメンに入るかもしれません。ベンチで出番を待つかもしれません。ランナーコーチや用具の準備を任されるかもしれません。
そんな時、「今日は出られそう?」と聞く前に、別の問いを一つ加えてみてください。
「今、どんな役割をやりたい?」
本人が打席に立ちたいなら、その希望を軽く扱わない。今の役割に手応えを感じているなら、何を考えて取り組んでいるのかを聞く。答えが出なければ、急いで親が意味を与えない。
親子で野球を楽しむ時間は、レギュラーになった時だけに生まれるものではありません。
子どもが今見ている景色を知ろうとすること。その景色の中で、自分の役割を選べているかを確かめること。そして、結果が変わっても家庭には戻れる場所があると伝えること。
その積み重ねが、強豪校でも、地域のチームでも、野球を離れた後でも残る親子の絆になっていくはずです。
