週末の早朝、まだ薄暗い公園のグラウンド。他の利用者が来る前にと、急いで重い防球ネットを引きずり出し、いつもの場所に『陣地』を作る自分がいる。ふと手を止めて、「これって、本当に誰の迷惑にもなっていないんだろうか?」と胸がざわつくことはありませんか?先日、札幌市の少年野球場で、無許可で建てられたダッグアウトや倉庫などに撤去勧告が出されたというニュースがありました。プロ野球球団の助成金も絡んだこの一件、「極端な話だ」と笑い飛ばせるでしょうか。実は、私たちが日常的に行っている「場所取り」や「備品の置きっぱなし」も、一歩間違えれば同じ穴のムジナになりかねません。今回は、ボランティアとして関わる親が知らずに背負っている法的リスクと、地域と共存するためのチーム運営について、未経験パパの視点から一緒に考えてみたいと思います。
通勤中や家事の合間に耳からインプットしたい方は、ぜひこちらの音声版もお聴きください。
※AI生成による音声コンテンツにて、発音や読み方に違和感ございますが、ご了承ねがいます。
札幌市の「無許可建築・撤去勧告」ニュースが突きつけた現実
善意の環境整備と「法令遵守」の衝突
2026年5月、少年野球界に波紋を広げるニュースが飛び込んできました。札幌市が東区少年軟式野球連盟に対し、市街化調整区域内にある少年野球場(旧丘珠小学校跡地)に無許可で建てられたダッグアウトや水洗トイレ、倉庫など計9棟の撤去を求める「除却勧告」を出したのです。この施設は、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの社会貢献活動「ダイヤモンド・ブラッシュ・プロジェクト」の助成金200万円や地元の寄付を活用し、子どもたちのために新設されたものでした。
読売新聞の報道(札幌市の少年野球場に無許可建築・除却勧告)などでも大きく取り上げられましたが、問題の核心は「建物建築が原則禁止されている市街化調整区域であるにもかかわらず、市への許可手続きや建築確認申請を行っていなかった」という点にあります。
「子どもたちに少しでも良い環境で野球をさせてあげたい」という大人たちの純粋な善意と情熱が、都市計画法や建築基準法という冷徹な「公法」の前に崩れ去った瞬間でした。どれほど崇高な目的であっても、社会のルールを無視した環境整備は許されないという厳しい現実が、私たち少年野球に関わるすべての保護者に突きつけられたのです。
アマチュア団体にありがちな「これくらいなら」の甘い認識
このニュースの背景には、少年野球連盟や個別チームといった「ボランティア主体の任意団体」が陥りがちなコンプライアンスの死角があります。連盟側は「法令に関する認識が甘かった。規模の小さい構造物なので問題ないと考えていた」と釈明しています。この言葉に、ハッとした保護者の方も多いのではないでしょうか。
「プロの球場を作るわけじゃないし、ちょっとした雨風をしのぐベンチくらいなら大丈夫だろう」 「公共のスポーツ振興に貢献しているのだから、行政も大目に見てくれるはずだ」
こうした「これくらいなら」という甘い認識は、決してこの連盟だけのものではありません。専門的な法務担当者がいるわけでもなく、熱意あるボランティアの保護者や指導者だけで運営されているアマチュアスポーツ団体では、行政手続きの煩雑さを前に「暗黙の了解」で済ませてしまう土壌が少なからず存在します。しかし、北海道新聞の関連記事(はてなブックマーク経由)に寄せられた多くのコメントが示すように、世間の目は「子どものためなら何をしてもいいのか」と非常に厳しいものになっています。
過去にもあった?河川敷や公園での「私物化」トラブル
実は、こうしたグラウンドの「私物化」を巡るトラブルは、今回が初めてではありません。全国の河川敷や公共の公園において、特定の少年野球チームが実質的に場所を占有し、独自の倉庫や防球ネット、ベンチなどを無許可で常設して地域住民や行政と摩擦を生むケースは、これまでも水面下で散発してきました。
私自身、息子が地域のソフトボールに参加し始めた頃、近所の公園でキャッチボールをしていて「球技禁止」の看板に肩を落とした経験があります。その時、「なぜ野球ができる場所が減っているのか」を痛感しました。一部の心無い利用や、地域との境界線を越えた過剰な占有が、結果的に「野球=迷惑なスポーツ」というレッテルを貼り、自分たちの首を絞めている側面があるのです。
公共のスペースは、あくまで地域住民全員のものです。そこを「借りて」活動しているという謙虚な姿勢を忘れたとき、チームは地域社会から孤立し、最終的には子どもたちからプレーの場を奪うことになってしまいます。

「うちのチームは大丈夫?」グラウンドで日常化するグレーゾーン
毎回運ぶのが大変だから…備品の「置きっぱなし」問題
札幌市のニュースを「大規模な建築物の話だから、うちには関係ない」と切り捨てるのは危険です。私たちの足元、日常のグラウンド運営を見渡してみてください。
例えば、防球ネット、ピッチングマシン、バッティングゲージ、ラインカー。これらは非常に重く、毎回保護者の車に積み込んで運搬するのは肉体的にも時間的にも大きな負担です。そのため、「どうせ明日も練習があるから」「毎回運ぶのは現実的ではないから」と、グラウンドの隅や公園の茂みの奥に、ブルーシートを被せて「置きっぱなし」にしていないでしょうか。
実はこれ、法的な観点から見れば、公共の場への「不法占用」にあたる可能性が高いグレーゾーン、いや、ブラックに近い行為です。自治体や学校の許可を得ずに常設化している備品は、行政から見れば「不法投棄」や「無許可の工作物」とみなされても文句は言えません。
チームの荷物を守るための「無許可の簡易倉庫」
さらに一歩進んで、グラウンドの脇にチーム専用の「簡易倉庫」や「物置」を設置しているチームも少なくありません。「先輩たちが何年も前に置いたものだから」「学校の先生も黙認してくれているから」と、誰もその出処や許可の有無を知らないまま、代々引き継がれて使われているケースが散見されます。
しかし、地面に固定された物置やプレハブは、サイズによっては建築基準法の適用を受ける立派な「建築物」です。また、公園内に設置する場合は都市公園法に基づく許可が不可欠です。「昔からあるから大丈夫」という既得権益のような感覚は、ある日突然、行政からの撤去指導や近隣住民からのクレームによって足元から崩れ去るリスクを孕んでいます。
早朝からの過剰な「場所取り」と一般利用者との境界線
備品の問題だけでなく、「場所取り」の習慣も再考の余地があります。公共のグラウンドや公園で大会が行われる際、早朝から保護者がブルーシートを広げ、観戦スペースや選手の待機場所を広範囲に確保する光景は、少年野球の「風物詩」のようになっています。
しかし、一般の公園利用者から見れば、特定の団体が我が物顔で公共スペースを占拠し、時には高圧的な態度で他の利用者を排除しているように映ることもあります。少年野球のグラウンドは、地域住民の生活空間との境界線上にあります。休日の朝、散歩を楽しみたい地域の方々の権利を奪ってまで行う「過剰な場所取り」は、法的な問題以前に、地域社会の一員としてのマナーが問われる問題です。
ボランティアの親が巻き込まれる「法的リスク」の核心
任意団体(権利能力なき社団)における責任の所在とは
ここで、未経験パパとして最も知っておくべき「法的リスク」の核心に触れたいと思います。それは、「もしトラブルが起きたとき、誰が責任をとるのか」という問題です。
少年野球チームの多くは、株式会社やNPO法人のような法人格を持たない「任意団体(権利能力なき社団)」です。これは法律上、チームそのものが権利や義務の主体になれないことを意味します。つまり、チーム名義で財産を所有したり、チームとして法的な責任を単独で負ったりすることが難しいのです。
では、責任はどこへ向かうのでしょうか。それは、実質的な管理者である「チーム代表者(監督や会長)」や、現場で活動している「保護者(構成員)」の個人へと直接向かうことになります。「チームの責任」という便利な隠れ蓑は、法廷では通用しないのです。
万が一の事故!民法上の「工作物責任」と個人への賠償請求
最も恐ろしいシナリオを想像してみてください。チームがグラウンドの隅に無許可で放置していた防球ネットが、休日の強風で倒れ、公園で遊んでいた一般の小さな子どもに直撃して大怪我をさせてしまったら。
この場合、民法717条が定める「土地の工作物責任」が問われます。工作物の設置や保存に欠陥があり他人に損害を与えた場合、一次的にはその工作物の「占有者(管理している人)」が賠償責任を負います。 さらに、任意団体である以上、被害者側は「実質的にその備品を管理・放置していた個人」に対して、民法709条(不法行為責任)や民法415条(安全配慮義務違反)に基づき、巨額の損害賠償を請求してくる可能性があります。
「私はただのボランティアの親です」「監督に指示されて手伝っただけです」「代々引き継がれてきた慣習に従っただけです」――こうした言い訳は、被害者や法律の前では一切通用しません。知らず知らずのうちに、私たち保護者は「違法行為の片棒を担ぎ、無限の賠償責任リスクを背負わされている」可能性があるのです。
スポーツ安全保険の落とし穴(違法設置物への適用外リスク)
「でも、うちのチームは全員『スポーツ安全保険』に入っているから、万が一の事故でも大丈夫でしょ?」と安心しているパパもいるかもしれません。しかし、ここにも大きな落とし穴があります。
保険というものは、基本的に「適法な活動中の予期せぬ事故」をカバーするものです。もし事故の原因が「行政の許可を得ずに違法に設置・放置された工作物」であった場合、保険会社から「重大な過失」や「違法行為に起因する事故」とみなされ、保険金が十分に支払われない、あるいは全く適用されないリスクがあります。
保険が下りなければ、数千万単位の賠償金を、関わった保護者や指導者が個人資産を削って支払うことになります。ボランティアで子どものサポートをしているだけなのに、家庭が崩壊するようなリスクを抱えている。これが、備品放置に潜む最大の恐怖です。

「子どものため」という善意の罠と親の葛藤
指導者や代々の引き継ぎに意見しづらい同調圧力
頭では「この備品管理は危ないかもしれない」「ルール違反ではないか」と薄々気づいていても、グラウンドで声を上げるのは非常に勇気がいります。
「監督やコーチは無償で子どもたちを見てくれているのに、文句を言える立場にない」 「長年チームを支えてきたOBや先輩保護者のやり方を否定して、波風を立てたくない」 「もし自分が口出しして、子どもが試合に出られなくなったり、チーム内で孤立したりしたらどうしよう」
こうした同調圧力や、子どもを「人質」に取られているような感覚は、少年野球特有の構造的な問題です。私自身、野球経験ゼロで飛び込んだ世界で、最初は右も左もわからず、ただ周りに合わせることで精一杯でした。「郷に入っては郷に従え」が美徳とされる空間で、異論を唱えるのは至難の業です。
ルール違反の環境で「フェアプレー」を教える矛盾
しかし、一歩引いて冷静に考えてみてください。私たちは子どもたちに、グラウンドで何を教えているのでしょうか。
「ストライクゾーンをごまかすな」「ルールを守って正々堂々と戦え」「道具を大切にしろ」と、フェアプレーの精神を説いているはずです。それなのに、そのグラウンドを整備している大人たちが、社会のルール(法律や条例)を無視し、公共の場を不法に占有しているとしたら。これほど滑稽で、矛盾に満ちた教育環境はありません。
「子どものため」という言葉は、時に大人の思考を停止させる強力な麻薬になります。子どもたちに少しでも長く練習させたい、重い荷物を運ぶ時間を節約して打撃練習に充てたい。その情熱は本物でも、社会のルールを破る免罪符にはなりません。大人のズルを、子どもたちは敏感に感じ取っています。
地域住民の冷ややかな視線と、失われるチームの信用
そして、忘れてはならないのが「地域住民の目」です。公園の近隣に住む方々は、チームに対して直接クレームを言ってこないかもしれません。しかし、無断で置かれた薄汚れた備品や、早朝からの大声、駐車場以外の場所への迷惑駐車を見て、心の中で確実にチームへの「不信感」を募らせています。
私が息子の中学野球時代に学んだのは、「環境は最初からあるものではなく、人を巻き込み、地域と対話することで作れる」ということでした。地域との良好な関係がなければ、いざという時にグラウンドを借りることも、応援してもらうこともできません。一度失った信用を取り戻すのは、試合で逆転するよりも遥かに困難です。
トラブルを未然に防ぐ!チーム運営の「合法化」アプローチ
行政と協議する勇気(運動用具倉庫の設置許可基準の活用)
では、この「めんどくさい」けれど「放置できない」問題に、私たち保護者はどう立ち向かえばよいのでしょうか。第一歩は、「隠れてコソコソやる」のをやめ、堂々と行政と協議することです。
実は、無断で物置を置くのは違法ですが、多くの自治体には「運動用具倉庫の設置に係る許可基準要領」といったガイドラインが存在します。都市公園法第5条(公園管理者以外の者の公園施設の設置)に基づき、チームが行政の窓口に出向き、必要性や安全対策をしっかり説明して正式な許可を得れば、合法的に倉庫を設置・管理する道は開かれています。
「役所に行くなんてハードルが高い」と思うかもしれませんが、これこそ大人の出番です。野球の技術は教えられなくても、社会のルールに則って交渉し、子どもたちのために安全な環境を「合法的に」整えることは、私たち親にしかできない最大のサポートです。
負担を減らしつつルールを守る「備品管理」のアイデア
許可が下りない場合や、そもそも倉庫を置けない環境の場合は、運用面でカバーするしかありません。毎回運ぶのは確かに大変ですが、ここで「知恵」を絞りましょう。
- 備品の断捨離:本当にその重いピッチングマシンは毎回必要ですか?使っていない古いネットが何枚も眠っていませんか?道具を最小限に絞ることで、運搬の負担は劇的に減ります。
- 分散管理とローテーション:特定の保護者の車(通称・荷車)に負担を集中させるのではなく、各家庭が分担して持ち帰るシステムを作ります。
- お下がりと修理文化の徹底:私の経験上、野球道具は修理すれば長く使えます。チームの共有備品を減らし、個人で管理できるものは個人で大切に使う文化を育むことも、間接的にチームの荷物を減らすことに繋がります。
保護者や指導者へ「リスク」を角が立たずに伝える会話術
最も難しいのが、この問題をチーム内でどう切り出すかです。正面から「今のやり方は違法です!」と正論を振りかざせば、必ず反発を生みます。そこで、私がブログで提唱している「ニュースを翻訳して会話のネタにする」手法の出番です。
グラウンドでの待ち時間や、保護者の集まりの際に、こんな風に切り出してみてください。
> 「そういえば、日ハムの補助金で作った札幌の少年野球場が、無許可建築で撤去勧告されたニュース見ました? あれ見てハッとしたんですけど、うちのチームのあのネットや倉庫って、ちゃんと市の許可取ってるんですかね? もし台風で倒れて誰かに怪我でもさせたら、管理してる私たち親の個人責任になって、数千万の賠償金が来ることもあるみたいで……。子どもに迷惑かけたくないし、一度役所に確認してみませんか?」
ポイントは、「チームを批判する」のではなく、「自分たちボランティアの親が不当なリスクを背負わないために、みんなで身を守ろう」というスタンスで提案することです。主語を「子ども」や「自分たちの生活」に置くことで、指導者や他の保護者も耳を傾けやすくなります。

まとめ
「めんどくさい」から逃げない大人の背中を見せる
毎回重い荷物を運ぶのは、本当にめんどくさいです。役所に行って書類を書くのも、チームの古い慣習に一石を投じるのも、とてつもなくエネルギーが要ります。しかし、その「めんどくさい」から逃げて、グレーな方法でやり過ごす姿を、子どもたちは見ています。
野球は、エラーをした後にどうカバーするかが問われるスポーツです。大人たちも、これまでの「甘い認識」というエラーを認め、正しくカバーする背中を見せるべきではないでしょうか。
チームの常識より、社会の常識を優先する勇気
少年野球という閉鎖的なコミュニティに長くいると、いつの間にか「チームの常識」が「社会の常識」を上回ってしまう錯覚に陥ります。しかし、子どもたちがやがて羽ばたいていくのは、グラウンドの外に広がる広い社会です。
「子どものため」という言葉を、ルール違反の言い訳にしてはいけません。真に子どものためを思うなら、社会のルールを遵守し、誰からも後ろ指を指されないクリーンなチーム運営を目指す勇気を持つべきです。
今しかない親子と仲間の時間を、安心できる場所で楽しむために
息子が野球を離れ、次男が陸上を選んだ今、改めて振り返ると、少年野球で過ごした時間は本当に短く、かけがえのないものでした。
その貴重な時間を、万が一の事故や賠償リスクに怯えながら過ごすのか。それとも、地域と調和し、胸を張って「うちのチームは素晴らしい環境だ」と言える場所で過ごすのか。
経験者でも未経験者でも、グラウンドに立つ大人は皆、子どもたちの環境を作る「チームメイト」です。今回の札幌市のニュースを対岸の火事とせず、ぜひ今週末のグラウンドで、他のパパやママと話し合う「きっかけ」にしてみてください。さあ、今日も一緒に、子どもたちの成長と、安心できる野球環境づくりを楽しんでいきましょう!
