大谷翔平も家庭では「監督」じゃない?「妻に聞かないと…」から学ぶ野球パパの夫婦連携とリスペクト論
「俺が教えなきゃ、あいつは上手くならない」
「父親として、野球の厳しさを教えるのが役目だ」
もし、あなたが今、こんな風に肩に力が入っているとしたら、少しだけ深呼吸をしてみてください。
実は、世界で一番野球が上手いあの人ですら、家庭では「監督」の座を降りているようなのです。
2026年2月、春のキャンプインと共に飛び込んできた、大谷翔平選手のニュースをご存知でしょうか?
ファンイベントでの一幕。「自分の短所は?」と問われた大谷選手は、少しはにかみながらこう答えました。
「それは……妻に聞かないとわからないですね」
この言葉を聞いた時、私は膝を打つ思いでした。
年収160億円を超えるスーパースターであり、グラウンド上では誰もが認めるリーダーである彼が、家庭のこと、自分自身の等身大の姿については、奥様に全幅の信頼を置き、その評価を委ねている。
そこには、私たち野球パパが陥りがちな「家でも監督」という気負いは一切なく、あるのはパートナーへの深いリスペクトと、良い意味での「降参」でした。
この記事では、そんな大谷選手の姿勢をヒントに、私自身の失敗と気づきの体験談を交えながら、「野球未経験パパこそ実践すべき、最強の夫婦連携(チームプレー)」についてお話しします。
技術は教えられなくても大丈夫。妻を「GM(ゼネラルマネージャー)」、自分を「現場応援隊長」と位置づけ直すことで、家庭の空気も、子供の野球への取り組みも、驚くほど劇的に変わります。
※AI生成による音声コンテンツにて、発音や読み方に違和感ございますが、ご了承ねがいます。
世界のオオタニも家庭では「新米パパ」?話題の発言が教えてくれること
毎日のようにニュースで流れる大谷翔平選手の活躍。ホームランを打った、盗塁を決めたという華々しいプレーの裏側で、彼がふと見せる「人間らしい表情」にこそ、私たち親が学ぶべき本質が隠されています。
特に今回の「短所は妻に聞かないとわからない」という発言は、単なるのろけ話や謙遜ではなく、理想的なパートナーシップのあり方を象徴しているように感じてなりません。
「短所は妻に聞かないと…」に見る、全幅の信頼とリスペクト
通常、自分の短所を聞かれたら「朝起きるのが苦手」や「整理整頓が下手」など、自分で認識している欠点を答えるのが一般的でしょう。しかし、大谷選手はそこで「妻の視点」を提示しました。
これは、「自分よりも妻の方が、僕のことをよく理解している」「家庭内における自分の振る舞いについては、彼女の評価が正解である」という、絶対的な信頼がなければ出てこない言葉です。
少年野球の家庭に置き換えてみましょう。
「お父さんは、つい子供に厳しく言いすぎちゃうところがあるよね」
妻からそう指摘された時、私たちは素直に「そうだね、君の言う通りだ」と言えているでしょうか?
それとも、「いや、あれは指導の一環だ。お前には野球のことはわからないだろう」と、心のどこかで反発してしまってはいないでしょうか。
大谷選手の発言は、家庭というチームにおいては、自分一人でコントロールしようとするのではなく、最も身近なパートナーの視点を受け入れ、尊重することこそが、円満な運営(生活)の基盤であることを教えてくれています。
野球ではMVPでも、育児は「ゼロからの挑戦」。大谷選手が見せた等身大の姿
大谷選手にとって、野球は幼少期から研鑽を積み重ねてきた専門分野です。しかし、結婚し、親になった「家庭人」としてのキャリアは、私たちと同じようにまだ始まったばかりの「ルーキー」です。
報道される「高い高いをして子供にあやされる姿」や「オムツ替えの話」からは、彼が「野球界の神様」のコートを脱ぎ捨て、一人の人間として、父親として、手探りで育児に向き合っている様子が伝わってきます。
ここに、私たち未経験パパが勇気をもらえるポイントがあります。
「野球ができること」と「良い父親であること」は、必ずしもイコールではありません。
逆に言えば、野球経験がゼロであっても、子供と一緒に悩み、妻と協力しながら成長していく姿勢さえあれば、私たちは子供にとっての「MVPパパ」になれる可能性があるのです。
大谷選手が偉大なのは、自分が未熟であることを隠さず、オープンにしている点です。
「家では僕も普通のお父さんですから」
そのスタンスこそが、家族からの信頼を勝ち取る第一歩なのかもしれません。
なぜ多くの野球パパは家庭で「孤独な監督」になってしまうのか?
一方で、私たち一般の父親、特に息子が少年野球を始めた家庭のパパは、なぜか「孤独な監督」になりがちです。
私自身もそうでした。息子が入団した当初、「父親として舐められてはいけない」「威厳を見せなければ」と勝手に背負い込み、誰も頼んでいないのに技術指導動画をYouTubeで漁り、夕食の団欒でダメ出しをして空気を凍らせていました。
その背景には、「野球=男の世界」という古い固定観念や、「母親には技術的なことはわからないだろう」という無意識の軽視があったように思います。
しかし、現実はどうでしょうか。
子供の体調管理、スケジュールの調整、泥だらけのユニフォームの洗濯、そして何より、落ち込んだ時の心のケア。これらを担っているのは、多くの場合、母親です。
チームの運営実態(GM業務)を握っているのは妻なのに、現場(パパ)が勝手な采配を振るえば、組織が崩壊するのは当たり前です。
大谷選手の「妻に聞く」という姿勢は、この構造的な勘違いに気づかせてくれます。
家庭というチームの運営権限を正しく認識し、独りよがりなリーダーシップを手放すこと。それができれば、パパの肩の荷はもっと軽くなり、純粋に子供の応援を楽しめるようになるはずです。
「運動ができない息子」と「未経験の私」を変えた、妻の一言とリーダーシップ

ここからは、少し私自身の恥ずかしい、けれど大切な体験談をお話しさせてください。
今でこそ、こうして偉そうにブログを書いていますが、私の少年野球パパとしてのスタートは、決して能動的でカッコいいものではありませんでした。
【体験談】きっかけは妻の「何か運動できないとね」。ソフトボールから始まった我が家の挑戦
私の息子は、正直に言って運動神経が良い方ではありません。かけっこはいつも後ろの方、ボールを投げれば地面に叩きつける。そんなタイプでした。
私自身も文化系で、スポーツ経験といえば学生時代の体育の授業くらい。キャッチボールなんて、大人になってから一度もしたことがありませんでした。
そんな我が家に転機が訪れたのは、息子が小学生になった頃。
「この子、何か運動できないと将来困るよね。体力もつけさせたいし」
そう言い出したのは、妻でした。
私の腰は重かったです。「運動音痴の俺が教えてやれることはないし…」「スポ根みたいな世界は苦手だし…」。
しかし、妻の行動力は凄まじいものがありました。近所の子供会のソフトボールチームの体験会にさっさと申し込み、息子を連れて行ってしまったのです。
「パパも行くでしょ?」
その言葉に押し切られる形で、私の、いや我が家の「球技ライフ」は幕を開けました。
最初はソフトボールからのスタートでした。地域の子供会ということもあり、ガチガチの勝利至上主義ではなく、まずは楽しむことが優先。それでも、ボールを捕れた時の息子の嬉しそうな顔を見た時、私の中で「お、悪くないな」という感情が芽生えたのを覚えています。
この時、もし妻が強引に引っ張ってくれなければ、私たちは親子で休日にゲームばかりしていたことでしょう。我が家のGM(妻)のドラフト戦略は、正しかったのです。
「勝手にやってる」から「塁審デビュー」へ。地域と繋がって気づいた妻の偉大さ
息子が中学生になり、軟式野球部に入ると、活動はより本格的になりました。
当初の私は、「まあ、妻と息子が勝手にやってる趣味だしな」と、どこか他人事のようなスタンスを取っていました。平日は仕事が忙しいし、休日は疲れている。送迎や当番は妻任せ。たまに試合を見に行っては、「もっと腰を落とせ!」なんて無責任な野次を飛ばすだけの、一番タチの悪い観客でした。
しかし、地域密着の野球環境というのは面白いもので、何度も顔を出していると、自然と周りのパパさん、ママさんたちとの繋がりが生まれてきます。
「〇〇君のパパ、人手が足りないからちょっと手伝って!」
そう声をかけられ、気づけば練習のボール拾いをし、道具を運び、ついには練習試合の塁審(審判)まで任されるようになりました。
主審のようにジャッジの全責任を負うわけではありませんが、塁審としてグラウンドの中に立つと、景色の見え方がまるで変わります。
子供たちがどれだけ真剣な表情でボールを追っているか。
そして、ベンチ裏や観客席で、お母さんたちがどれだけ細やかにサポートし、チームを支えているか。
ある日の試合後、他のお母さんが私にこう言いました。
「〇〇君のママ、いつも本当に助かるわ。パパが来られない時も、一人で道具車の手配とか連絡係とか、全部やってくれてて」
ハッとしました。
私が「俺は野球未経験だし」と逃げている間、妻は野球のルールを必死に覚え、スコアのつけ方を学び、保護者会の人間関係を調整し、私が気持ちよく塁審としてグラウンドに立てる環境を整えてくれていたのです。
「妻手動で動いている」と思っていた我が家の野球活動。それは「勝手にやっている」のではなく、「妻が司令塔となって必死に回してくれていた」のだと、痛感した瞬間でした。
子供と直接ぶつかる前に「妻を経由する」。クッション役が救う親子のメンタル
思春期に入った息子とのコミュニケーションも、妻の存在なしには語れません。
中学生男子というのは難しい生き物です。父親から「最近どうだ?調子は」と聞かれても、「別に」「普通」としか返ってきません。
そこで無理に聞き出そうとして、「もっと素振りしろよ」などと言おうものなら、部屋のドアをバタンと閉められて終わりです。
私はここで戦略を変えました。大谷選手のように、妻の情報を頼ることにしたのです。
「最近、あいつ部活で何か言ってる?」
妻にこっそり聞くと、驚くような情報が出てきます。
「実は先週から足の裏が痛いみたいで、踏ん張るのが怖いって言ってたよ」
「顧問の先生に褒められたのが嬉しくて、隠れてストレッチしてるみたい」
私が「やる気がない」と勘違いしていた態度は、怪我の痛みを隠すためのものでした。
私が「練習不足だ」と思っていた裏で、彼は彼なりに努力をしていました。
この情報は、息子とは「ストレート」にやり取りせず、妻という「キャッチャー」を経由したからこそ得られたものでした。
もし私が、妻を通さずに直接息子を問い詰めていたら、怪我を悪化させ、野球を辞めさせてしまっていたかもしれません。
「お母さんには話せるけど、お父さんには言いにくい」。
これは寂しいことではなく、役割分担なのだと割り切りました。
妻を信頼し、妻からの情報を元に、「足、大丈夫か?無理するなよ」とだけ声をかける。すると息子は「なんで知ってるの?」という顔をしつつも、少し安心した表情を見せます。
この「ワンクッション」こそが、思春期の親子のメンタルを救う、最強の防波堤なのです。
「自分がやってないことをやらせる」という事実。子供への敬意こそが最強の応援だ

野球未経験パパが一番陥りやすい罠。それは「自分はできないくせに、子供にはプロ並みの要求をしてしまう」ことです。
私も塁審をやるようになって、間近で速い打球や変化球を見るようになり、改めて思いました。
「これ、俺には絶対無理だわ」と。
自分がその立場だったらできるか?未経験パパだからこそ持てる「謙虚な視点」
想像してみてください。
仕事で、全く経験のない部署に異動になり、上司から毎日「なんでこんなこともできないんだ!」「もっと気合を入れろ!」と怒鳴られ続けたらどうでしょう?
おそらく、一週間で心を病んでしまうか、退職届を叩きつけるはずです。
私たちが子供にやらせているのは、そういうことです。
自分が経験したことのない、高度で複雑なスポーツである野球を、子供たちは懸命に習得しようとしています。
炎天下の中、重いバットを振り、痛いデッドボールの恐怖と戦い、エラーをすればチームメイトや観客の視線に晒される。
そんな過酷な環境に身を置いているだけで、本来は賞賛に値するはずなのです。
「自分がその立場だったら、本当にできているだろうか?」
この問いを常に自分に投げかけること。それが、未経験パパが持つべき最低限のマナーであり、スタートラインだと思います。
「パパは野球やったことないからわからないけど」という枕詞は、逃げ口上ではありません。
「わからないからこそ、君の頑張りがどれだけ凄いことなのか、リスペクトしているよ」という、最大限の敬意の表明なのです。
「できないこと」を責めるな。「挑んでいること」を称えよ
野球は「失敗のスポーツ」と言われます。3割打てば一流、つまり7割は失敗する競技です。
プロでもエラーをするし、チャンスで三振もします。
ましてや、身体も心も発展途上の子供たちです。できないことがあるのは当たり前です。
かつての私は、試合の帰りの車中で「なんであそこで見逃したんだ」「あのエラーはもったいなかった」と、できなかったことばかりを指摘していました。それが「反省会」だと思っていました。
しかし、妻の視点、そして塁審としての視点を持つようになってからは、見方が変わりました。
「あそこで振らずに見逃したのは、ボールが見えていた証拠じゃないか?」
「エラーはしたけど、あんな速い打球に飛びついた勇気は凄かったぞ」
できなかった結果ではなく、挑んだプロセスに目を向けること。
これは、自分が「挑んでこなかった(野球をしてこなかった)」からこそ、より強く感じられる部分でもあります。
「パパにはあの打球、怖くて触れないよ。よく前に落としたな」
そう伝えた時の息子の、少し誇らしげな横顔を見た時、これこそが親ができる一番の応援なのだと確信しました。
大谷翔平の父もそうだった?「強制しない」からこそ育つ子供の自立心
大谷翔平選手のお父様、大谷徹さんも、社会人野球の経験者でありながら、息子には決して「強制」をしなかったと言われています。
技術的な指導はしても、「野球をやれ」と強制したことはなく、交換日記を通じて考えさせる指導を徹底していました。
結果として、大谷選手は「やらされる練習」ではなく、「自ら考え、工夫する練習」を身につけ、世界へ羽ばたきました。
私たちの息子は、大谷選手にはなれないかもしれません。
しかし、「自分で決めて、自分で取り組む」という自立心を育てることはできます。
「妻に言われたから」「パパがうるさいから」野球をやるのではなく、「自分が楽しいから」「上手くなりたいから」やる。
そう思える環境を作るためには、私たち親が、子供を一人の「選手」としてリスペクトし、支配しようとしないことが不可欠です。
特に私たち未経験パパは、技術を教えられない分、「強制力」を持ちにくいというメリット(?)があります。
「パパは教えられないから、自分でコーチに聞きに行っておいで」
「パパにはわからないから、どうすればいいか自分で考えてごらん」
この「突き放し」こそが、実は子供の思考力を育てる最高のトレーニングになるのです。
教えられないことを恥じる必要はありません。それは、子供が自立するためのスペースを空けてあげているのだと考えましょう。
今日からできる「チーム我が家」の役割分担。パパは監督じゃなくていい

では、具体的に明日から私たちはどう振る舞えばいいのでしょうか。
大谷選手が妻に短所の指摘を委ねたように、私たちも家庭内での役割を明確にし、チームとして機能させる必要があります。
私が提案する「チーム我が家」のフォーメーションは以下の通りです。
ママは「GM(ゼネラルマネージャー)」、パパは「現場応援隊長」と定義せよ
まず、ママを「GM」と呼びましょう。
GMの仕事は多岐にわたります。
- 選手のスカウティング(「野球やってみる?」というきっかけ作り)
- 契約管理(月謝の支払い、入団手続き)
- スケジュール管理(練習日、試合日程の把握)
- ロジスティクス(送迎、お弁当、洗濯)
- メンタルケア(愚痴聞き、モチベーション管理)
これらを一手に引き受けている妻に対し、現場(パパ)がやるべきは「GMへのリスペクト」と「現場での全力サポート」です。
パパの役割は「現場応援隊長」兼「用具係」兼「広報」です。
- グラウンドでの応援(ポジティブな声かけ限定)
- 練習相手(キャッチボールの相手、トス上げ)
- 道具の手入れ(グローブのオイル塗り、バット磨き)
- 記録・撮影(ビデオ撮影、アルバム作り)
監督(技術指導・采配)は、チームの指導者に任せましょう。家庭に監督は二人もいりません。
パパが「応援隊長」に徹することで、子供は家に帰ってきても指導されるプレッシャーから解放され、安らぐことができます。
夫婦の会話が増えれば、子供の怪我やスランプにもいち早く気づける
笹川スポーツ財団の調査(※)によると、家族がスポーツについて「話す」頻度が高い子供ほど、スポーツの実施率や継続率が高いというデータがあります。
技術的な指導ができなくても、「今日の試合、どうだった?」「あそこのプレー、かっこよかったね」と夫婦で、そして親子で会話をすること自体が、子供のスポーツ活動を支える強力なエビデンス(根拠)となっています。
我が家では、妻(GM)と私(応援隊長)の「首脳陣会議」が頻繁に行われます。
「最近、ちょっと朝起きるのが辛そうだよ」
「じゃあ、明日の朝練は無理させずに休ませようか」
「新しいバットを欲しがってるけど、まだ早いかな?」
「いや、テストでいい点取ったらご褒美にしよう」
この連携が取れていると、子供の小さな変化を見逃しません。
パパ一人で抱え込まず、ママ一人に押し付けず、情報を共有する。
まさに大谷選手が「妻に聞く」ように、私たちも「妻と話す」ことから始めましょう。
地域活動・お茶当番も怖くない。「夫婦タッグ」で楽しむ少年野球ライフ
全日本軟式野球連盟も、近年は「保護者の負担軽減」を提言しており、「お茶当番の強制」などは見直されつつあります(※)。
とはいえ、地域密着のチームでは、やはり保護者の協力は不可欠です。
ここでも夫婦連携が輝きます。
「今週は俺が車出しやるから、その間に買い物行ってきていいよ」
「お茶当番、パパが行ってくれると助かる。力仕事があるみたいだし」
得意分野を活かしてシェアすることで、負担は半分に、楽しみは二倍になります。
私が塁審をやるようになったのも、妻が他のお母さんたちと関係を作ってくれていたからですし、妻が当番を休めるのは、私がグラウンドに出ているからです。
「やらされている」と思うと辛いですが、「夫婦でチーム運営に参加している」と思えば、意外と楽しいイベントに変わります。
地域の子供たちの成長を夫婦で見守る。これは、少年野球期間にしか味わえない、何にも代えがたい贅沢な時間なのかもしれません。
まとめ:スーパースターも私たちも、親としては同じ「チャレンジャー」
大谷翔平選手の「短所は妻に聞かないとわからない」という言葉。
そこには、自分一人ですべてを背負おうとせず、パートナーを信頼し、共に歩もうとする姿勢が表れていました。
私たち野球未経験パパは、つい「父親らしくあらねば」「ナメられたくない」と虚勢を張ってしまいがちです。
しかし、子供が本当に求めているのは、完璧な技術指導ができる評論家のような父親ではありません。
自分の「できないこと」を認め、妻をリスペクトし、子供の「挑戦」を心から応援してくれる。
そんな、人間味あふれる父親の背中なのだと思います。
- 妻をGMとしてリスペクトする。
- 子供の「挑む姿」に敬意を持つ。
- パパは「監督」ではなく「一番のファン」になる。
これなら、野球経験がなくても、明日からすぐに実践できます。
大谷選手だって、家庭では新米パパとして奮闘しているのです。私たちも、失敗しながら、悩みながら、子供と一緒に「野球パパ」を楽しんでいきましょう。
それが、ゼロから挑戦する息子たちへの、何よりのエールになるはずです。
参考リンク・エビデンス
※ 公益財団法人 全日本軟式野球連盟「学童チームへの保護者参加についての考え方」
※ 笹川スポーツ財団「4〜11歳のスポーツライフに関する調査」
