「野球を壊すな」イチローの警鐘。7回制議論で置き去りにされた「子供の情熱」をパパはどう守る?

夕暮れのグラウンドでスマホを見る父親と、真っ直ぐな瞳でバットを持つ少年野球の息子(生成AIによるイメージ) 少年野球パパの応援指南

イチロー提言「野球を壊すな」から学ぶ、少年野球パパが守るべき子供の情熱

「パパ、今日の練習、すっごく楽しかった!」

泥だらけのユニフォームで、助手席の息子が目を輝かせて言いました。
時計を見ると、朝の8時から夕方の17時まで、みっちり9時間。
正直、送迎と当番で付き添っていた私の方は、もうクタクタです。腰も痛いし、明日の仕事のことを考えると憂鬱で仕方がない。

「そうか、よかったな。でも、ちょっと長すぎないか? パパはもうヘトヘトだよ……」

つい、そんな言葉が口をついて出そうになりました。
今、野球界では「時短」が大きなテーマになっています。高校野球での「7イニング制」導入の議論。熱中症対策、投手の障害予防、そして私たち保護者の負担軽減。どれも、現代社会においては「正論」であり、歓迎すべき変化のように思えます。

しかし、そんな時代の流れに、ひとりのレジェンドが「待った」をかけました。
イチロー氏です。

「野球を壊しちゃいけない」
「絶対変えちゃいけない領域がある」

この言葉を聞いた時、あなたはパパとしてどう感じましたか?
「古い考えだ」「時代に逆行している」と感じたでしょうか。それとも、何かが胸に刺さったでしょうか。

この記事では、イチロー氏のこの衝撃的な提言をフックに、私たち少年野球パパが直面している「大人の都合(効率・時短)」と「子供の情熱」のジレンマについて、深く掘り下げて考えてみたいと思います。
制度の賛成・反対を論じるつもりはありません。それは高野連や専門家に任せましょう。

ここで考えたいのは、もっと足元の、家庭の話です。
もし、私たちが「効率」を優先するあまり、子供の「もっとやりたい」「しんどいけど投げ抜きたい」という純粋な情熱に、知らず知らずのうちに蓋をしてしまっているとしたら?

野球未経験のパパだからこそ感じる疑問や、私自身の「失敗談」も交えながら、これからの時代に親としてどう子供の野球に向き合うべきか、一緒に答えを探していきませんか。

記事の導入として、イチロー氏の7イニング制反対発言をテーマに、パパ同士の会話形式で問題提起を行うAI生成音声コンテンツ。

※AI生成による音声コンテンツにて、発音や読み方に違和感ございますが、ご了承ねがいます。


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「野球を壊しちゃいけない」イチロー氏の発言が問いかけるもの

高校球児たちに真剣な表情で語りかける指導者の姿(生成AIによるイメージ)
「絶対に変えてはいけない領域がある」。現場の空気を知る者からの重い提言。(生成AIによるイメージ)

2026年1月、新年早々、野球界に大きなニュースが飛び込んできました。
イチロー氏が、高校野球での7イニング制導入議論に対し、これまでにない強い言葉で懸念を表明したのです。

普段、少年野球のグラウンドで子供たちの世話に追われている私たちにとって、高校野球の話は少し先のことのように思えるかもしれません。しかし、少年野球は高校野球の「予備軍」であり、トップダウンでルールやマナーが降りてくる世界です。高校野球が変われば、中学、そして少年野球の現場も必ず変わります。

だからこそ、この発言を単なるニュースとして聞き流すのではなく、その真意をパパなりに噛み砕いて理解しておく必要があります。

ニュースの概要:高校野球7イニング制への強い懸念と「絶対変えてはいけない領域」

事の発端は、日本高等学校野球連盟(高野連)が進めている、硬式野球の試合を現在の9回制から7回制へと短縮する議論です。
主な理由は明白です。

  1. 猛暑対策: 近年の異常な暑さの中で、少しでもプレー時間を短くし、熱中症のリスクを下げる。
  2. 障害予防: 投手の投球数を減らし、肘や肩への負担を軽減する。
  3. 効率化: 試合時間の短縮により、スムーズな大会運営や、観客・保護者の拘束時間を減らす。

これらはすべて、今の時代において誰も反対しにくい「正義」です。
実際、私の周りのパパ友たちと話していても、「正直、7回で終わってくれたら助かるよね」「子供の体が心配だし」という意見が大半を占めます。私自身も、炎天下で審判をしている時は「早く終わってくれ」と心の中で祈ったことが何度もあります。

しかし、イチロー氏はテレビ番組のインタビューで、この流れに対して明確に異議を唱えました。

「野球を壊しちゃいけない」
「絶対変えちゃいけない領域に触れてしまった気がする」

引用元:TBSテレビ「イチロー×高校野球」公式サイト

「壊す」という表現。これは非常に重い言葉です。
単に「反対」と言っているのではなく、その変更によって、野球というスポーツが持つ根本的な価値、あるいは「魂」のようなものが失われてしまうのではないか、という強い危機感が滲み出ています。

彼は、野球が「間(ま)」のスポーツであること、そして「9回」という長いイニングを戦う中で生まれるドラマや、肉体的・精神的な限界を超えた先にある成長の重要性を説いています。
サッカーやバスケットボールのように決まった時間内で終わるスポーツとは異なり、野球は3アウトを取るまで終わらない。9回裏2アウトからでも逆転ができる。その「長さ」と「不確実性」こそが野球の本質であり、それを安易に効率化することは、野球を別の競技に変えてしまうことと同義だと言うのです。

「現場の子供に聞いたのか?」時短議論への強烈な違和感

私がイチロー氏の発言の中で最もハッとさせられたのは、次のような問いかけでした。

「現場で子供たちに聞いたら、やりたい子はいないと思う」
「大人が決めて、子供がそれに従う。それで本当にいいのか」

この視点は、多くのメディアや大人の議論からすっぽりと抜け落ちていたものでした。
高野連の会議室で、あるいは私たち保護者の井戸端会議で語られているのは、常に「大人の視点」からのメリット・デメリットです。

  • 「日程消化がスムーズになる」
  • 「投手の怪我が減る(だろう)」
  • 「親の当番が楽になる」

しかし、実際にグラウンドで白球を追いかけ、泥にまみれている当事者である子供たち、特に高校球児たちはどう思っているのでしょうか?
イチロー氏は、実際に多くの高校へ出向き、直接指導を行う中で、球児たちの肌感覚に触れています。
「もっと野球がしたい」「甲子園という夢の舞台で、最後まで戦い抜きたい」
そんな彼らの切実な思いを知っているからこそ、「大人の事情で勝手に短くするな」という怒りにも似た感情が湧いているのではないでしょうか。

これは、私たち少年野球の現場でも同じことが言えるかもしれません。
「今日は暑いから練習は午前中で終わり」と告げられた時、安堵しているのは親と指導者だけで、子供たちは「えー、もっとやりたかったのに」と不満げな顔をしている。そんな光景を見たことはありませんか?
私たちは「子供のため」という言葉を使いながら、実は「自分たち(大人)のため」に楽な方を選んでいないだろうか。イチロー氏の言葉は、そんな私たちの無意識の欺瞞(ぎまん)を鋭く突いているように感じます。

なぜ今、この議論が再燃しているのか(2026年の現在地)

2026年の現在、この議論が再燃している背景には、少子化による野球人口の減少という切実な問題があります。
「野球は時間が長い」「道具が高い」「親の負担が重い」。
こうした理由で、野球を選ぶ子供(というより、野球を選ばせる親)が減っている。だから、ルールを変えてでもハードルを下げ、間口を広げようというのが、推進派の大きな論拠です。

参考:公益財団法人 日本高等学校野球連盟 (高野連)

確かに、普及活動は大切です。私のブログでも、未経験パパがいかに楽にチーム運営に関わるか、負担を減らすかという記事をたくさん書いてきました。
しかし、入り口を広げるために、中の「本質」まで薄めてしまっていいのか。
「ラーメンの味が濃すぎて客が来ないから、水で薄めて出しやすくしよう」と言っているようなものではないか。それでは、元々ラーメンが好きだったコアなファン(=情熱を持った子供たち)まで離れてしまうのではないか。

イチロー氏の警鐘は、単なる懐古主義ではありません。
効率化一辺倒になりがちな現代社会において、「あえて非効率なことに時間をかけて挑む」という経験の価値を、私たち親世代に問い直しているのです。


実は「長い」と感じているのは、私たち大人だけかもしれない

時間を気にする父親と、時間を忘れて泥だらけで野球に没頭する少年の対比(生成AIによるイメージ)
「長い」と感じるのは誰?大人の都合で子供の時間を奪っていないか。(生成AIによるイメージ)

イチロー氏の発言を受けて、私はある日の出来事を強烈に思い出しました。
それは、まさに私が「野球を壊す大人」の一人になりかけていた瞬間の記憶です。

【体験談】「練習長かったね」と息子に言ってしまった日の自戒

息子が少年野球チームに入団して半年が過ぎた頃の日曜日でした。
その日は朝から練習試合が2試合組まれ、その後も合同練習があり、解散したのは夕方の5時半を回っていました。
私はその日、慣れないスコアラーを任され、炎天下でパイプ椅子に座り続け、砂埃と緊張で喉はカラカラ、お尻は痛いし、頭もぼーっとしていました。

帰りの車中。エアコンの風を最大にして、私はハンドルを握りながら、後部座席の息子に話しかけました。
「お疲れ。いやー、今日は長かったな。2試合もやるなんて、コーチも詰め込みすぎだよな。疲れたろ?」

それは、労いの言葉のようでいて、実は「パパは疲れたから、お前も疲れたと言ってくれ」という、同意への圧力でした。
「うん、疲れた。早く帰りたい」
息子がそう言ってくれれば、「だよな! 今度の保護者会で練習時間の短縮を提案してみようかな」なんて会話に繋げるつもりでした。

しかし、バックミラーに映った息子の顔は、私の予想とは全く違っていました。
彼は、汚れたグローブを愛おしそうに布で磨きながら、こう言ったのです。

「え? そうかな。俺、2試合目の最終回に代打で出た時、すっげードキドキしたけど、あの打席、もっと立っていたかった。今日の練習、あっという間だったよ」

私は言葉に詰まりました。
「あっという間だった」
朝の8時から夕方の5時半まで。9時間以上です。会社で仕事をしていたら、残業確定の長さです。
それを、この小学3年生の小さな体は「あっという間」と感じていたのです。

その時、私は恥ずかしくなりました。
「長い」「辛い」「無駄が多い」。そう感じていたのは、野球をプレーしていない、外野で見ているだけの私だったのです。
プレーしている当事者である息子は、時間の感覚が私とは全く別の次元にいました。
彼は「クロノス時間(時計で計れる物理的な時間)」ではなく、「カイロス時間(主観的な、質の高い時間)」を生きていたのです。

タイパ重視の社会と、時間を忘れて没頭したい子供たち

現代社会は「タイパ(タイムパフォーマンス)」全盛です。
映画を倍速で見たり、ショート動画を次々とスワイプしたり、結論だけをまとめた記事を読んだり。
私たち大人は、限られた時間の中でいかに効率よく情報を摂取し、タスクをこなすかに追われています。
だからこそ、少年野球のような「いつ終わるかわからない」「無駄な待ち時間が多い」「非効率な練習の繰り返し」が、耐え難い苦痛に感じられることがあります。

しかし、子供の本質は「没頭」にあります。
砂場で山を作っている時、ゲームに熱中している時、そして大好きな野球をしている時。
彼らにとって時間は「消費するもの」ではなく、「生きるそのもの」です。

イチロー氏が懸念しているのは、この「没頭する権利」が、大人のタイムパフォーマンスの論理によって奪われることではないでしょうか。
7イニング制になれば、確かに試合は2時間きっかりで終わるかもしれません。
親のスケジュールは組みやすくなるでしょう。帰ってからの夕食の準備も楽になるでしょう。
でも、その分、子供たちが「時間を忘れて夢中になる」機会は確実に削られます。

「早くしなさい」「まだ終わらないの」「効率よくやりなさい」
家庭でも学校でもそう言われ続けている子供たちにとって、野球のグラウンドこそが、唯一「非効率に没頭すること」が許された聖域なのかもしれません。

7回制議論に見え隠れする「大人の都合(熱中症対策という正義の裏側)」

もちろん、熱中症は命に関わる問題であり、絶対に対策が必要です。
私のチームでも、真夏の日中は練習時間を短くしたり、頻繁に休憩を入れたりしています。これは親として、指導者として当然の配慮です。

しかし、7回制導入の議論において、「子供の命を守る」という大義名分の影に、「大人の管理のしやすさ」が見え隠れしていないでしょうか。
「暑いから短くする」というのは、一見子供のためのようでいて、実は「暑さ対策を工夫してでも、子供たちに野球をやらせてあげよう」という大人の努力を放棄している側面はないでしょうか。

例えば、ナイター設備を充実させる、ドーム球場を利用しやすくする、早朝や夕方に時間をずらす、クーリングタイムをより科学的に導入する。
コストや手間はかかりますが、9回制(=野球の魂)を守りつつ、子供の安全も守る方法は、時短以外にもあるはずです。

「お金がないから」「手間がかかるから」
そうやって大人が楽な解決策(=ルールの変更)に飛びつく姿を、子供たちはどう見ているでしょうか。
「大切なものを守るためには、知恵と工夫と汗が必要なんだ」ということを教えるのも、また野球教育の一環ではないかと、私は思うのです。


制度が変わっても変えてはいけない「野球の魂」とは

さて、ここまでイチロー氏の提言に沿って「時短反対」のようなスタンスで書いてきましたが、現実問題として、高校野球や少年野球のルールがいずれ変わっていく可能性は高いでしょう。
個人の力で高野連の決定を覆すことはできませんし、時代の流れに抗い続けるのも賢明ではありません。

大切なのは、もし制度が7回制になったとしても、あるいは練習時間が短くなったとしても、私たち親が家庭の中で「野球の魂」をどう補完し、子供に伝えていくかです。

9回まで戦うことの意味:ドラマは「限界を超えた終盤」に生まれる

野球において、7回と9回の違いは、単なる「2イニングの差」ではありません。
マラソンで言えば35キロ地点からゴールまでのような、最も苦しく、最も人間ドラマが生まれるゾーンです。

先発ピッチャーを想像してみてください。
7回、球数は100球を超え、握力が落ち、足が攣(つ)りそうになる。
バッターも目が慣れてきて、タイミングが合ってくる。
ベンチも野手も疲労困憊で、集中力が切れそうになる。

そんな「限界」を超えた8回、9回にこそ、技術を超えた精神力が試されます。
「絶対に打たせない」という気迫、「絶対に後ろに逸らさない」という責任感。
エラーをした仲間を「ドンマイ!」と本気で励ます声。
そして、まさかの大逆転劇。

これらは全て、余力のある前半戦ではなく、心身ともに削り取られた終盤に生まれるものです。
イチロー氏は、この「極限状態での戦い」こそが人を育てると知っているからこそ、「野球を壊すな」と言ったのでしょう。
簡単に諦めない心、苦しい時こそ一歩踏み出す勇気。これらは、効率的な2時間のゲームではなかなか育ちにくいものです。

少年野球でも実践できる「9回の心(グリット=やり抜く力)」の育て方

では、もし試合が7回で終わるようになったら、あるいは練習時間が短くなったら、子供たちは「やり抜く力(グリット)」を学べないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。制度が変わるなら、親の関わり方を変えればいいのです。

ここで、未経験パパでも実践できる「家庭でのグリット育成法」をいくつか提案します。

1. 「おかわり練習」に付き合う

チームの練習が早く終わった日。「ラッキー、早くビールが飲める」と思う気持ちをグッとこらえて、子供に聞いてみてください。
「今日、やり足りないことあった?」
もし子供が「バッティングがいまいちだった」と言えば、近くの公園やバッティングセンターで、納得いくまで付き合ってあげる。
強制ではなく、子供の「やり残した感」を解消するための、延長戦のような時間。
この「親父との延長戦」こそが、子供にとっての8回、9回になります。

2. 結果よりも「粘り」を褒める

試合でヒットを打ったことよりも、
「あの打席、ファールで3回粘ったのがすごく良かったよ」
「最終回、負けてるのに一番大きな声を出してたな」
と、プロセスや執念を具体的に言語化して褒めること。
「パパは、点数よりも『最後まで諦めない姿勢』を見ているよ」というメッセージを伝え続けることで、子供の中に「粘ることの価値」が育ちます。

3. プロ野球の「終盤」を一緒に観る

テレビでの野球観戦も教材になります。
特に、7回以降の攻防。
「見てごらん、ピッチャー疲れてるけど、顔つきが変わったぞ」
「この場面、バッターは何を考えていると思う?」
プロ選手が見せる極限の集中力を解説し、共有する。
たとえ自分たちの試合が短くなっても、野球というスポーツの奥深さを知っていれば、子供たちは自分たちのプレーにもその深さを求めようとします。

ルールが7回になっても、親子の会話で「残り2回」を補完する

制度としてのイニングが減っても、心のイニングは親子の対話で作れます。
夕食の時、「もし今日の試合、あと2回あったらどうなってたかな?」とシミュレーションの話をするのも楽しいでしょう。
「あそこで俺が打ってれば逆転できたかも!」と子供が言えば、その悔しさは次の成長の糧になります。

大切なのは、物理的な時間ではなく、「精神的な完全燃焼」です。
制度が効率化されても、子供の心が「不完全燃焼」のまま終わらないように、親が受け皿となり、薪をくべてあげることが、これからの野球パパの役割になるはずです。


これからの少年野球パパに必要な3つのマインドセット

効率より情熱を優先する野球パパのマインドセットを図解したインフォグラフィック(生成AIによるイメージ)
制度が変わっても、親子の対話と情熱があれば「野球の魂」は受け継がれる。(生成AIによるイメージ)

イチロー氏の提言から始まり、ここまで長々と考えてきましたが、最後に私たち少年野球パパが明日から実践できる、3つのマインドセット(心構え)をまとめたいと思います。

1. 子供の「もっとやりたい」を邪魔しない(効率を押し付けない)

これが一番難しく、かつ一番重要です。
私たちは大人になり、仕事をする中で「効率」「コスパ」「タイパ」という武器を手に入れました。それは社会を生き抜くためには必要ですが、子供の成長においては時に「猛毒」になります。

子供が、一見無駄に見える素振りを延々と繰り返している時。
ボロボロのボールをテープで補修して使おうとしている時。
「新しいのを買った方が早いよ」「そんなフォームじゃ意味ないよ」と、効率的な正解をすぐに与えないでください。

その「無駄な時間」の中にこそ、情熱が宿っています。
イチロー氏も、子供の頃は毎日バッティングセンターに通い、同じことの繰り返しの中に発見を見出していました。
親の役割は、最短ルートを教えることではなく、子供が選んだ泥臭いルートを、邪魔せずに見守ることです。

2. 制度(時短)は歓迎しつつ、家庭では泥臭さを肯定する

7イニング制や時短練習に対して、過激に反対する必要はありません。
親の負担が減るのは事実ですし、それによって家族の時間が増えるのは良いことです。
「ラッキー、空いた時間で家族旅行に行ける」と喜んでもいいのです。

ただ、その一方で、子供に対しては「楽なのが一番」という価値観を植え付けないように注意しましょう。
「試合は短くなったけど、野球の面白さは変わらないぞ」
「短い時間だからこそ、一球一球をもっと大事にしよう」
制度はスマートに、でも心(ハート)は泥臭く。
このバランス感覚を持てるのが、カッコいい野球パパです。

3. 議論に流されず、目の前の我が子を観察する

テレビやネットでは、イチロー氏の発言に対して賛否両論が飛び交っています。
「老害だ」「いや、真理だ」と、外野の声は騒がしいですが、そんな議論に振り回される必要はありません。

答えは、テレビの中ではなく、目の前の我が子の表情にあります。
練習から帰ってきた息子の顔を見てください。
目は死んでいませんか? それとも、疲れているけど輝いていますか?
「もっとやりたい」と言っていますか? 「もう行きたくない」と言っていますか?

もし目が死んでいるなら、それは練習が長すぎるか、あるいは指導者のパワハラがあるか、何らかの問題があります。その時は全力で守らなければなりません。
でも、もし泥だらけで「腹減ったー!」と笑っているなら、大人が勝手に「かわいそう」と決めつけるのは失礼です。
子供の情熱の温度を、一番近くで肌で感じられるのは、世界中であなただけなのですから。


まとめ:ルールは変わる。でも親子の野球愛は変わらない

イチロー氏の「野球を壊しちゃいけない」という言葉。
それは、単に「昔はよかった」という感傷ではなく、「何かに命を燃やすような没頭の経験」を、未来の子供たちから奪わないでほしいという、切実な願いだと私は受け取りました。

時代は変わります。ルールも変わります。
私たちが子供の頃のような、水も飲ませてもらえない根性野球の時代には二度と戻らないでしょうし、戻ってはいけません。
スマートで、科学的で、健康的な野球。それは素晴らしいことです。

でも、どれだけ時代が変わっても、白球を追う子供たちのドキドキする心や、上手くなりたいと願う情熱は変わりません。
そして、そんな子供を応援したいと思う親の愛も、不変です。

もし、今後ルールが7回制になったとしても、私たちパパがやることは変わりません。
子供と一緒にキャッチボールをし、試合の帰りに「あそこ、かっこよかったな」と語り合い、泥だらけのユニフォームを洗濯機に放り込む。
そんな日常の中に、私たちだけの「野球の魂」を育てていくことはできるはずです。

今週末、練習が終わったら、子供にこう聞いてみませんか。
「長かったか?」ではなく、
「楽しかったか? まだやり足りないか?」と。

もし「やり足りない!」と返ってきたら、覚悟を決めてください。
あなたの体力が尽きるまでの、延長戦の始まりです。
でもそれは、きっと数年後に「最高の時間だった」と振り返る、かけがえのない宝物になるはずですから。