DeNAジュニアも導入!技術より大切な「人間性」評価と未経験パパの役割

技術過信と人間力の対比 チーム運営の知恵袋

技術だけで落選?DeNAジュニアやMLBが重視する「隠れた選考基準」と親ができること

「最近の若い子は、挨拶の声が小さい気がするんだよな……」

先日、職場の休憩室で同僚が何気なくこぼしたこの言葉に、私はハッとさせられました。
同僚は部下の指導について悩んでおり、「礼儀や所作ができているチームや学校は、やっぱり仕事の質も違う気がする」と話していました。一方で、「でも、あんまり厳しく言うとパワハラって言われるし、古いって思われるのも嫌だしな」と苦笑い。

この会話を聞いて、私の脳裏に浮かんだのは、息子が小学生時代にお世話になった少年野球チームの風景でした。
野球未経験のパパやママたちが手作りで運営する、いわゆる「知育」的な温かいチーム。そこでは、決して軍隊のような厳しさはありませんでしたが、「挨拶」と「礼儀」については、大人たちが愛情を持って、しかし毅然と教えていました。

中学に進み、部活動で軟式野球を続けている息子を見ていると、あの頃に身についた「所作」――グラウンドに入る際の一礼や、道具を揃える指先の感覚――が、選手としての「質」を底上げしているように感じてなりません。

しかし、世の中は変わりました。
「厳しすぎる指導は悪」「個性の尊重」が叫ばれる今、私たち親は迷っています。
「礼儀を教えることは、子供を型にはめることなのか?」
「挨拶を強要するのは、時代遅れの同調圧力なのか?」

そんなモヤモヤを抱えていた時、ある衝撃的なニュースが飛び込んできました。
あのDeNAベイスターズジュニアが、選手選考に「討論」を導入したというのです。技術だけでなく、「話を聞く姿勢」や「発言する勇気」を見ていると。さらに海の向こう、MLBでは、スカウトが「親のベンチでの態度」までチェックしているという事実。

どうやら、世界最先端の野球界が求めているのは、単なる「野球ロボット」ではなく、私たちが悩みながらも大切にしてきた「人間力」そのもののようです。

この記事では、野球未経験のパパである私が、職場で感じた違和感の正体を突き止めつつ、最新の「選考基準」というファクトを基に、「なぜ今、あえて家庭で礼儀や所作を教えるべきなのか」を深掘りします。技術はコーチに任せましょう。でも、子供を「選ばれる選手」にするための最後のワンピースは、実は私たち親が握っているのです。

記事導入部用音声:DeNAジュニア選考と「礼儀」の価値についてのパパ友対談

※AI生成による音声コンテンツにて、発音や読み方に違和感ございますが、ご了承ねがいます。

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  1. 職場でのふとした会話から感じた「礼儀」への違和感と迷い
    1. 「挨拶なんて古い?」同僚の言葉に感じたジェネレーションギャップ
    2. 息子が育った「のびのび×礼儀」の子供会チームを振り返る
    3. 時代は変わったのか?それでも拭えない「所作=選手の質」という直感
  2. 衝撃の事実!DeNAジュニアが導入した「討論型選考」の正体
    1. 1000人以上が応募!技術テストの前に立ちはだかる「対話」の壁
    2. 「自分の意見を言えるか」「人の話を聞けるか」が見られている
    3. なぜプロ野球のジュニアチームが「コミュニケーション能力」を求めたのか?
  3. 世界基準の評価指標「メイクアップ(Makeup)」とは何か
    1. MLBスカウトが技術と同じくらい重視する「人間性」のスコア
    2. 「親のベンチでの態度」が子供のドラフト指名を消滅させるリスク
    3. ドミニカのアカデミーでも徹底される「整理整頓」と「生活力」
  4. 「やらされる礼儀」と「自ら動く礼儀」の決定的な違い
    1. 昔ながらの「軍隊式」と同調圧力への懸念は正しい
    2. スカウトが評価するのは「思考停止したロボット」ではない
    3. 「グラウンドへの一礼」は「感謝と準備」のスイッチであるべき
  5. 野球未経験パパだからこそ教えられる「3つの人間力」
    1. ①「道具の手入れ」は自分と向き合う最初のステップ
    2. ②「家での挨拶」は世界とつながるコミュニケーションの基礎
    3. ③「準備と段取り」を教えることが、プレーの予測能力を高める
  6. まとめ:技術はコーチに、心はパパが。時代を超えて大切な「質」を育てよう

職場でのふとした会話から感じた「礼儀」への違和感と迷い

「挨拶なんて古い?」同僚の言葉に感じたジェネレーションギャップ

冒頭でも触れましたが、職場の同僚との会話は、私にとって非常に考えさせられるきっかけとなりました。
彼が感じていた「違和感」。それは、単に声が大きいか小さいかという物理的な問題ではありませんでした。相手の目を見て話しているか、TPO(時・場所・場合)をわきまえた振る舞いができているか、そして何より「相手に対するリスペクト」が態度に表れているか。そういった言語化しにくい「空気感」のようなものを、彼は「所作」や「礼儀」という言葉で表現していたのだと思います。

しかし、今の社会には「形式にとらわれるな」「中身が大事だ」という風潮があります。
「挨拶ができなくても、仕事ができればいいじゃないか」
「一礼なんて非合理的な動作に何の意味があるのか」

確かに一理あります。かつての野球界にあったような、先輩を見たら直立不動で怒鳴るような挨拶や、意味もわからず繰り返される形式的な返事は、私も好きではありません。それは「礼儀」ではなく、単なる「服従」のポーズだからです。

同僚も、「昔のビシッとした感じを懐かしんでいるだけなのかな……」と自嘲気味に話していましたが、私はそうは思いませんでした。彼が求めていたのは、服従ではなく、「信頼関係を築くための入り口」としての所作だったはずです。

息子が育った「のびのび×礼儀」の子供会チームを振り返る

ここで少し、私の息子の話をさせてください。
息子が最初に入ったのは、地域の子供会を母体とした少年野球チームでした。強豪クラブチームのような「勝利至上主義」とは無縁で、監督もコーチも近所のおじさんやお兄さん。週末にはお母さんたちが持ち寄ったおやつをみんなで食べるような、アットホームな環境でした。

私自身、野球経験はゼロ。「キャッチボールすらまともにできない自分が、何をしてやれるんだろう」と最初は不安でいっぱいでした。
しかし、そのチームには不思議な文化がありました。
プレーに関しては「ドンマイ!」「次、次!」とのびのびやらせる一方で、「グラウンドへの挨拶」と「道具の整理整頓」にだけは、妙にこだわっていたのです。

「ベースを踏むな、またぐな。道具じゃなくて相棒だと思え」
「グラウンドには神様がいると思って、入るときは『お願いします』、出るときは『ありがとうございました』と言おう」

知育玩具で遊ぶように、楽しみながらも「ルール」を学ぶ。そんな「知育的なアプローチ」で育てられた子供たちは、高学年になる頃には、言われなくても自然とバットをきれいに並べ、相手チームのファインプレーにはベンチから拍手を送るような選手に育っていました。

今、中学生になった息子が、他校との試合でグラウンドに入る際、自然と帽子を取って一礼する姿を見ると、胸が熱くなります。それは誰かに強制されたものではなく、彼の中に染み付いた「野球というスポーツへの敬意」の表れだからです。

時代は変わったのか?それでも拭えない「所作=選手の質」という直感

職場の同僚の話に戻りますが、彼は「礼儀や所作ができているチームに違和感を感じた(逆に今の時代に合わないのではないか)」と部下が言っていたのを耳にしたそうです。

「軍隊みたいで気持ち悪い」
「今の時代、もっと自由でいいんじゃない?」

そう感じる人が増えているのも事実でしょう。特に、体罰や暴言が問題視される昨今、「厳しさ」=「悪」という図式ができあがっています。
しかし、私はあえて言いたいのです。
「所作」は、その選手の、ひいてはそのチームの「質」そのものであると。

例えば、靴のかかとを踏んで歩く選手と、きっちりと靴紐を結んで背筋を伸ばして歩く選手。
どちらがいざという時に「一歩目」を早く踏み出せるでしょうか?
道具を放り投げる選手と、丁寧に磨いて並べる選手。
どちらがイレギュラーバウンドに対応できる「道具への信頼」を持っているでしょうか?

「抗うことのできない世の中の風習」として、礼儀を軽視する流れがあるのなら、私はそれに静かに抗いたい。なぜなら、これから紹介するDeNAジュニアMLBの事例が証明するように、世界の一流たちは、むしろその「古臭い」と思われている人間性の部分にこそ、最大の価値を見出しているからです。

DeNAジュニアの討論型選考のイメージ
技術テストだけでなく、コミュニケーション能力が試される選考現場の様子

衝撃の事実!DeNAジュニアが導入した「討論型選考」の正体

「技術があれば、性格なんて関係ない」
もしあなたがそう思っているなら、この事実は衝撃かもしれません。NPB(日本プロ野球)のジュニアチーム選考において、地殻変動が起きています。

1000人以上が応募!技術テストの前に立ちはだかる「対話」の壁

横浜DeNAベイスターズが結成する「DeNAベイスターズジュニア」。毎年、年末に行われる「NPB12球団ジュニアトーナメント」での優勝を目指し、神奈川県内の精鋭たちが集まるドリームチームです。

2024年の選考会には、なんと過去最多となる1013人もの応募があったそうです。
1000人の中から選ばれるのは、たったの16人。倍率は約63倍。東大に入るより難しい狭き門です。
当然、バッティングやピッチングの実技テストは行われます。しかし、最終メンバーを決める重要なプロセスとして導入されたのが、なんと「グループディスカッション(討論)」でした。

Full-Countの記事によると、DeNAジュニアの選考では、子供たちをグループに分け、一つのテーマについて話し合わせる時間を設けたといいます。
野球の選考会に来て、いきなり「話し合い」をさせられる。子供たちも、そして見守る親たちも驚いたことでしょう。「ホームランを打てばいいんじゃないの?」と。

「自分の意見を言えるか」「人の話を聞けるか」が見られている

では、この討論で何が見られていたのでしょうか?
選考に関わった関係者は、決して「流暢に喋ること」や「相手を論破すること」を評価していたわけではありません。重視されたのは以下の2点です。

  1. 自分の意見を恐れずに発信できるか(発信力)
  2. 他人の意見に耳を傾け、尊重できるか(傾聴力・受容力)

野球はチームスポーツです。ピンチの場面でマウンドに集まった時、誰かが「こうしよう」と提案し、周りが「OK、任せろ」と呼応する。この一瞬のコミュニケーションが勝敗を分けます。
どれだけ速い球を投げられても、チームメイトの声が聞こえない(聞こうとしない)独りよがりな選手は、短期決戦のトーナメントでは「リスク」にしかなりません。

実際、技術的には合格ラインに達していても、この討論の場での振る舞いを見て「チームにフィットしない」と判断されたケースもあったといいます。
逆に言えば、「技術はそこそこでも、この子がいればチームがまとまる、空気が良くなる」と判断されれば、逆転合格の可能性が開けるということです。これこそ、私たち未経験パパが子供に授けられる「最強の武器」ではないでしょうか。

なぜプロ野球のジュニアチームが「コミュニケーション能力」を求めたのか?

この背景には、現代の子供たちの環境変化があります。
昔のように空き地で勝手に集まって、自分たちでルールを決めて遊ぶ「ガキ大将文化」が消滅しました。大人がお膳立てした練習メニューをこなし、大人の顔色を伺ってプレーする「指示待ち」の子供が増えているのです。

DeNAジュニアの指導陣は、そこに危機感を持っています。
「指示されたことは完璧にできるが、想定外のことが起きるとフリーズしてしまう」
これでは、レベルの高い試合では通用しません。

自分で考え、言葉にし、仲間と共有する。
この「思考のプロセス」こそが、これからの野球選手に求められる「質」なのです。
職場の同僚が言っていた「礼儀や所作ができているチーム」というのは、実は単に礼儀正しいだけでなく、「相手(仲間・指導者・対戦相手)を認識し、適切に関係を結ぼうとする意思」があるチームだったのではないでしょうか。それがDeNAの求める「討論できる力」と本質的にリンクしているのです。

スタンドの親をチェックするスカウト
MLBスカウトが選手の技術だけでなく、親の態度も含めた「環境」を評価しているシーン

世界基準の評価指標「メイクアップ(Makeup)」とは何か

視点を日本から世界へ広げてみましょう。
「実力主義」の権化とも思えるメジャーリーグ(MLB)ですが、実は日本以上に選手の「人間性」をシビアに数値化して評価しています。

MLBスカウトが技術と同じくらい重視する「人間性」のスコア

MLBのスカウト用語に「Makeup(メイクアップ)」という言葉があります。
これは「化粧」という意味ではなく、「性格」「気質」「精神的資質」を指す言葉です。スカウトたちは、選手の走力や肩の強さ(ツール)を20から80のスケールで評価するのと同様に、この「Makeup」も徹底的に調査します。

  • Work Ethic(勤勉さ): 練習をサボらないか、自主練をするか。
  • Coachability(指導の受け入れやすさ): アドバイスを素直に聞くか、ふてくされるか。
  • Aptitude(適性・頭の良さ): プレーの状況判断ができるか。
  • Off-field behavior(フィールド外の行動): 学校の成績、私生活のトラブル。

Number Webの記事では、大谷翔平選手や佐々木朗希選手のようなトッププロが、学生時代からいかに「運」や「徳」を大切にしていたかが語られています。佐々木選手の同級生が「彼はエゴサもしていたし普通の高校生だったが、ゴミ拾いなどは徹底していた」と証言しているように、日常の些細な行動が、スカウトの目には「この選手はピンチでも崩れない強さがあるか」という重要な判断材料として映るのです。

技術的な才能は、怪我やスランプで失われる可能性があります。しかし、優れた「Makeup」を持つ選手は、壁にぶつかっても自力で這い上がり、成長し続けることができる。MLB球団は数億円、数十億円という投資をするわけですから、「失敗しない投資先」として人間性を重視するのは当然の経済合理性なのです。

「親のベンチでの態度」が子供のドラフト指名を消滅させるリスク

ここで、私たち親にとって耳の痛い、しかし知っておくべき話をします。
あるMLBスカウトは、試合中、フィールドの選手を見ずにバックネット裏の保護者席を見ていることがあります。

何をチェックしているのか?
「親が審判の判定に文句を言っていないか」
「ミスした子供に対して、スタンドから罵声を浴びせていないか」
「コーチの采配に不満そうな顔をしていないか」

もし、親がこのような態度を取っていた場合、その選手は「ドラフト対象外リスト(Do Not Draft)」に入れられるリスクがあります。
理由はシンプルです。
「親がトラブルメーカーだと、入団後に球団組織に悪影響を及ぼす可能性が高い」
「親の過干渉で育った選手は、プロの厳しい環境で親の助けが得られなくなった途端に潰れる」

これを知った時、私は背筋が凍りました。
「子供のため」と思って熱くなっている応援が、実は子供の将来の可能性を自らの手で摘み取っているかもしれないのです。
「礼儀なんて古い」と言っている場合ではありません。親自身の礼儀や所作が、子供のキャリアにおける最大のリスク要因になり得るのです。

ドミニカのアカデミーでも徹底される「整理整頓」と「生活力」

さらに、多くのメジャーリーガーを輩出するドミニカ共和国のアカデミー(育成施設)の話も興味深いです。
彼らはハングリー精神の塊のようなイメージがありますが、アカデミーでは野球の練習と同じくらい、「英語の勉強」「ベッドメイキング」「食事のマナー」を叩き込まれます。

なぜか?
メジャーリーグに上がれば、多様な人種の中で生活し、遠征でホテル暮らしが続きます。「自分のことを自分でできる(自律している)」選手でなければ、環境の変化に耐えられず、パフォーマンスを発揮できないからです。
「野球さえ上手ければいい」という考えは、世界では通用しません。
「良い選手である前に、良い市民(Good Citizen)であれ」。これがグローバルスタンダードな育成論なのです。

「やらされる礼儀」と「自ら動く礼儀」の決定的な違い

ここまで、DeNAジュニアやMLBの事例を通して「人間性がいかに重要か」をお伝えしてきました。
しかし、ここで冒頭の「パワハラ」「同調圧力」という懸念に戻らなければなりません。

「じゃあ、やっぱり子供を厳しく叱りつけて、挨拶させるのが正解なのか?」

いいえ、それは違います。
私が職場で感じた「違和感」の正体、そして息子が育ったチームの良さは、ここを解き明かすことで明確になります。それは「やらされる礼儀」と「自ら動く礼儀」の違いです。

昔ながらの「軍隊式」と同調圧力への懸念は正しい

かつての「軍隊式」の指導は、思考停止を生み出していました。
「先輩には絶対服従」「監督の言うことは白でも黒」。これは確かに、現代社会では「悪」であり、DeNAジュニアが求めている「討論できる選手(=自分の意見を持った選手)」とは対極にあります。
同僚が懸念していた「同調圧力」や「右に倣え」の空気が、もしこの「思考停止」を指しているのなら、彼の感覚は正しいのです。

スカウトが評価するのは「思考停止したロボット」ではない

スカウトや指導者が見ている「良い所作」とは、ロボットのような動きではありません。
「なぜ、今挨拶をするのか?」「なぜ、道具を揃えるのか?」
その意味を理解し、自分の意思で動いているかを見ています。

  • やらされる挨拶: 怒られないために、下を向いて小さな声で言う。あるいは、相手も見ずに大声だけで叫ぶ。
  • 自ら動く挨拶: 「相手に自分を認識してもらうため」「感謝を伝えるため」に、相手の目を見て、状況に合わせた声のトーンで行う。

Sportsbullの記事で紹介されているオリックスの宗佑磨選手が、野球教室で子供たちに「本気」を伝えたように、プロは「形」ではなく、その奥にある「心(意思)」を見抜きます。

「グラウンドへの一礼」は「感謝と準備」のスイッチであるべき

私が息子のチームで素晴らしいと感じたのは、コーチたちが「挨拶しろ!」と怒鳴るのではなく、「グラウンドに入る時は、気持ちを切り替えよう。ここは戦う場所だから、お願いしますと言ってスイッチを入れよう」と意味(Why)を教えていた点です。

これを教わった子供たちにとって、一礼は「義務」ではなく、自分のパフォーマンスを高めるための「ルーティン(準備)」になります。
同僚が言っていた「所作ができているチームの質の高さ」とは、この「一つ一つの行動に意味を持たせ、準備ができている状態」のことを指していたのではないでしょうか。
だとしたら、それは決して時代遅れでも、同調圧力でもありません。いつの時代も変わらない、プロフェッショナルとしての「流儀」なのです。

野球未経験パパだからこそ教えられる「3つの人間力」

技術的な指導は、プロや経験豊富なコーチには勝てません。YouTubeを見れば、元プロ選手がバッティング理論を教えてくれます。
しかし、「生活の中にある人間力」を教えられるのは、毎日一緒に暮らしている親だけです。
そしてこれこそが、前述の通り、セレクションの合否を分ける決定打になり得ます。

明日から家庭で実践できる、3つの「世界基準の人間力」サポートを紹介します。

①「道具の手入れ」は自分と向き合う最初のステップ

「野球未経験だから、グローブの型とか分からないし……」
大丈夫です。型付けなどの専門的なことはショップに任せてもいい。パパが教えるべきは、「汚れたら拭く」「毎日確認する」という習慣です。

イチロー選手が毎日丹念に道具を磨いていたのは有名な話ですが、これは単に綺麗好きだからではありません。道具を磨きながら、「今日はここが汚れているな=あそこで無理な捕球をしたな」と、自分のプレーを振り返っているのです。
また、道具の異変(紐が切れそうなど)に気づくことは、試合中のトラブルを未然に防ぐ「危機管理能力」につながります。

「一緒に靴を磨こうか」
この一言から始めてみてください。親子で並んで無心で道具を磨く時間は、言葉以上のコミュニケーションになります。

②「家での挨拶」は世界とつながるコミュニケーションの基礎

DeNAジュニアの選考で求められた「発信力」と「傾聴力」。これを鍛える最高の場所は食卓です。
「いただきます」「ごちそうさま」
「いってきます」「おかえりなさい」

これを、スマホを見ながら適当に言っていませんか?
親がまず、子供の目を見て、はっきりと挨拶をする。子供が話しかけてきたら、手を止めて話を聞く。
「あなたの存在を認めていますよ」というメッセージこそが挨拶の本質です。

家で親と目を見て話せない子が、初対面の選考委員やチームメイトと討論できるはずがありません。
「挨拶は、相手へのパス出しだよ。良いパスを出せば、良いパスが返ってくるよ」
そう教えてあげてください。それは野球のキャッチボールと同じなのです。

③「準備と段取り」を教えることが、プレーの予測能力を高める

「明日の練習の準備、したの?」とガミガミ言うのではなく、「準備の仕方(段取り)」を教えてあげましょう。

  • 天気予報を確認する(雨ならタオルを多めに)。
  • 試合会場への移動時間を調べる。
  • ユニフォームの予備を持つ。

これらは全て、野球の「状況判断能力」に直結します。
「次の打者は右打ちだから、こっちに打球が飛んできそうだ」という予測(準備)ができる選手は、普段の生活でも「雨が降りそうだから傘を持とう」という予測(準備)ができています。
生活の中での「段取り」を教えることは、実は高度な「野球脳」を鍛えるトレーニングなのです。
これなら、野球を知らないパパでも、仕事のノウハウを活かして教えられますよね。

まとめ:技術はコーチに、心はパパが。時代を超えて大切な「質」を育てよう

未経験パパが教えられる3つの人間力
道具の手入れ、挨拶、準備という基本的な所作が、プロの評価基準につながる図解

職場の同僚が感じた「所作ができているチームへの違和感」。
それはもしかしたら、現代社会が失いつつある「規律」や「献身」への畏敬の念の裏返しだったのかもしれません。

DeNAベイスターズジュニアの討論選考や、MLBのメイクアップ評価が示しているのは、「野球というスポーツは、一人では完結しない」という当たり前の事実です。
仲間を尊重し、道具を大切にし、自分を律することができる選手こそが、最終的にトップのレベルで生き残る。これは「精神論」ではなく、膨大なデータと経験に基づく「勝つためのロジック」です。

私たち未経験パパは、子供にホームランの打ち方は教えられないかもしれません。
カーブの握り方も分からないかもしれません。
でも、「人の話を聞くことの大切さ」「感謝を伝える所作の美しさ」なら、背中で見せることができます。

どうか、「礼儀なんて古い」という言葉に流されないでください。
「のびのび」と「だらしない」は違います。
「自由」と「勝手」は違います。

かつて息子がお世話になった子供会のチームのように、温かく、けれどもしっかりと「人としての土台」を作ってあげること。それが、結果として子供を「選ばれる選手」へと押し上げ、何より、野球を引退した後も社会で愛される大人へと成長させるはずです。

「パパは野球のことは詳しくないけど、君が誰よりも丁寧に道具を扱い、誰よりも大きな声で仲間を励ましていることは知っているよ。それがパパの自慢だ」

そう胸を張って言ってあげてください。
それこそが、最強の応援なのですから。