「野球やろうぜ!」が子供に響かない本当の理由。59ZUBAAN!に学ぶ“令和の野球入門”完全ガイド
「パパ、キャッチボールしようぜ!」。そう言って、新品のグローブを手に息子を公園へ誘った日のことを、私は今でも鮮明に覚えています。しかし、そこにあったのは、弾む会話と笑顔…ではありませんでした。固いグローブではじかれ、顔に当たるボール。うまく捕れずに悔し涙を浮かべる息子の姿。「もうやらない」。その一言が、私の胸に深く突き刺さりました。
音声の中でも触れたように、この「捕れない」という最初の壁は、多くの親子が経験する共通の悩みではないでしょうか。ルールが複雑、親の負担が大きい、そもそもボール遊びができる場所がない…。現代の子どもたちが野球を始めるには、本当に数多くの壁が存在します。
しかし、もし、その最初のステップが「捕る」ではなく、「投げる」ことの爽快感から始められるとしたら?もし、親子で夢中になれる「的当てゲーム」が、野球への最高の入口になるとしたら?
今、静岡の小さな町から始まった「59ZUBAAN!(ゴウキュウズバーン)」というプロジェクトが、私たち野球パパが抱えるそんな悩みに、一つの“正解”を示そうとしています。この記事では、なぜ今、野球界のレジェンド達までもがこの「遊び」に注目するのか、その全貌を12,000字を超えるボリュームで徹底解剖。そして、私たちが家庭で実践できる「令和の野球入門」の具体的なヒントを提案します。
最初の壁は「捕れない」こと。野球離れのリアルな現場
私たち親世代が子どもだった頃、公園や空き地で当たり前のように見かけたキャッチボールの風景は、今や「貴重な光景」となりつつあります。なぜ、子どもたちは野球から離れていってしまうのでしょうか。その背景には、データと実体験の両面から見える、深刻な現実が存在します。
データが示す「野球離れ」と「投力低下」の深刻な現実
「最近の子どもは野球をしなくなった」という感覚は、残念ながら単なるノスタルジーではありません。具体的なデータが、その危機的状況を明確に示しています。
まず、「野球離れ」の実態です。全日本軟式野球連盟の調査によると、小学生の軟式野球登録選手数は、2011年の約16.2万人から2021年には約11.6万人へと、わずか10年で約4.6万人も減少しています。これは、少子化のスピードを遥かに上回るペースでの減少です。さらに深刻なのはチーム数の減少で、2000年代初頭には全国に約1万5000チーム存在した学童軟式野球チームが、2024年には約8,680チームにまで減少。実に6,000を超えるチームがこの20年で姿を消した計算になります。
そして、この野球離れと並行して進んでいるのが、子どもたちの基礎的な運動能力、特に「投げる力(投力)」の低下です。多くの指導者が現場で感じているこの課題は、スポーツ庁が毎年実施している「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」でも裏付けられています。例えば、小学5年生男子のソフトボール投げの平均距離は、平成20年度(2008年)には25.4mでしたが、令和6年度の調査では20.7mと、わずか15年で約5mも短くなっているのです。これは約20%もの著しい低下であり、専門家は「ボール遊びができる場所の減少」や「外遊び時間の減少」が複合的に影響していると指摘しています。
「野球を始める以前に、ボールを投げた経験がほとんどない」。それが、現代の子どもたちが置かれているリアルなスタートラインなのです。
我が家の実体験:固いグローブと息子の涙
データは客観的な事実を教えてくれますが、私たち野球パパにとって、この問題はもっと個人的で、胸の痛む記憶として存在します。冒頭でお話しした、息子のエピソードです。
あの日、私は「野球の楽しさを教えたい」という一心で、息子に少しだけ良いグローブを買い与えました。しかし、新品の、特に少年用ではないグローブは、大人が思う以上に固く、子どもの握力では思うように開閉できません。私の投げた緩いボールは、息子のグローブに当たってはポロリとこぼれ落ち、時には顔や体に当たってしまう。最初は笑っていた息子も、繰り返す失敗にだんだんと無口になり、ついに目に涙を浮かべました。
「捕れない。痛い。つまらない」。
彼の背中がそう語っているようで、私はかける言葉を見つけられませんでした。楽しいはずのキャッチボールが、息子にとっては「できない自分」を突きつけられる苦痛の時間になってしまったのです。野球の醍醐味であるはずの「捕球」という行為が、皮肉にも、楽しさに触れる前の最も高い「参入障壁」となってしまいました。
この経験を通して、私は自問自答しました。自分が当たり前だと思っていた「野球の始め方」は、本当に正しかったのだろうか、と。
「キャッチボール」は本当に最初のステップとして正しいのか?
私たちは、「野球の入口=キャッチボール」と無意識に思い込んでいます。しかし、息子の挫折を経験して以来、私はその常識に疑問を抱くようになりました。
考えてみれば、「捕る」という行為は非常に高度な技術を要します。飛んでくるボールの速度と軌道を目で追い、落下地点を予測し、グローブという不自由な道具を操作して、的確なタイミングでボールを収める。大人にとっては簡単なことでも、空間認識能力や神経系の発達が途上にある子どもにとっては、極めて難しいミッションです。
一方で、「投げる」という行為はどうでしょうか。これは、もっと本能的で、直接的なフィードバックが得られる行為です。ボールを握り、腕を振り、指から離れたボールが遠くへ飛んでいく。その結果はすぐに目に見え、自分の力が世界に作用したという感覚をダイレクトに得られます。壁に当てれば「ドン!」と音が鳴り、遠くに投げられれば「すごい!」と達成感が湧く。そこには、「捕れた/捕れない」という二元論的な評価とは違う、もっと純粋な「体を動かす喜び」が存在します。
もし、野球の入口が、この「投げる」楽しさから始まるのだとしたら?
もし、捕球の難しさでつまずく前に、自分の力でボールを投げる爽快感を体験できるとしたら?
きっと、息子の涙は笑顔に変わっていたはずです。そして、このシンプルな発想の転換こそが、今、野球界が抱える大きな課題を解決する鍵なのかもしれない。そんなことを考えていた矢先、私は静岡で生まれた一つのプロジェクトに出会ったのです。
救世主は静岡にいた。「59ZUBAAN!(ゴウキュウズバーン)」プロジェクトの全貌
そのプロジェクトの名は「59ZUBAAN!(ゴウキュウズバーン)」。静岡県三島市に本社を置くIT企業「株式会社ジェーピーツーワン」内の社会貢献団体「アスタワークス」が始めた、手作りのボール的当て遊具を全国の学校に寄贈する活動です。一見すると、地方の一企業による地域貢献活動のようですが、その背景には、熱い情熱と壮大なビジョン、そして子どもたちの笑顔を中心とした感動の物語がありました。
たった3人の情熱から始まった「手作りの奇跡」
このプロジェクトの物語性を際立たせているのは、その驚くべき「手作り」へのこだわりです。
活動の中心となっているのは、アスタワークスのわずか3人のスタッフ。彼らは2020年のコロナ禍で外遊びを奪われた子どもたちの姿を見て、「何か自分たちにできることはないか」と、本業の傍らでスポーツイベントを企画し始めました。その中で、特に子どもたちが夢中になったのが、手作りの的当て遊具でした。
「これ、ほしい!」「どこで売ってるの?」。イベントのたびに寄せられる子どもたちや保護者の声に、あるスタッフが言いました。「だったらあげちゃおう!しかも静岡県全部の子どもたちにあげよう」。
この一言から、壮大なプロジェクトが現実のものとして動き出します。しかし、そこには潤沢な予算も生産ラインもありません。あったのは、情熱だけでした。驚くべきことに、彼らは静岡県内の学校へ寄贈するための500台もの遊具を、たった3人で、しかも本業の合間を縫って手作りすることを決意したのです。
スタッフのうち2人は「不器用」を自認していたといいます。当初は1日に1台作るのがやっと。それでも、「お金で何でも買える時代だからこそ、手作りの良さやモノづくりの楽しさを子どもたちに伝えたい」という一心で、試行錯誤を繰り返しました。パネルの素材を見直し、作業工程を改善し、最終的には1日に15台を生産できるまでに効率を上げたのです。そして3ヶ月半後、彼らの前には500台、枚数にして4,500枚もの手作りパネルが並んでいました。それはまさに、情熱が生んだ「奇跡」と呼ぶにふさわしい光景だったに違いありません。
なぜ「59ZUBAAN!」?名前に込められたシンプルな哲学
この遊具の名称「59ZUBAAN!(ゴウキュウズバーン)」にも、開発者たちの想いが込められています。
「59」は、野球で使われる「剛球(ごうきゅう)」の語呂合わせ。力強く、速いボールを投げるイメージを想起させます。そして「ZUBAAN!(ズバーン!)」は、ボールが的に当たった時の爽快な音を表現した擬音語です。
この名前には、複雑なルールや理論は一切ありません。ただ、「力いっぱいボールを投げて、的にズバーン!と当たったら、すごく気持ちいい!」。そんな、子どもが直感的に理解できる楽しさの本質が凝縮されています。それは、「野球とは、まず何よりも楽しい“遊び”である」という、プロジェクトの根幹をなす哲学そのものを表しているのです。
静岡全土へ。432校を巡った「直接届ける」という想い
500台の遊具が完成した後、彼らは再び驚くべき決断をします。当初は運送会社に依頼する予定だった配送を、すべて自分たちの手で行うことにしたのです。
「自分たちが作ったものを、自分たちの手で届けたい。そして、子どもたちが喜ぶ顔を直接見たい」。
その想いだけで、彼らはトラックをレンタルし、静岡県内の寄贈希望校432校を巡る旅に出ました。北は御殿場市から、西は湖西市、そして伊豆半島の南端まで。約4ヶ月にわたる配送の旅は、2025年1月31日、静岡県唯一の有人島である初島(熱海市)の初島小学校に最後の1台を届けたことで、ついに完結しました。
行く先々で、子どもたちは目をキラキラさせて彼らを迎えました。「え!?それくれるの?やったー!」「早くやりたい!」。先生方からは「待ってました!」「本当にありがとうございます」と感謝の言葉をかけられました。ある小学校では、なぜか100円玉を握りしめて「これでおねがいします!」と駆け寄ってきた可愛らしい兄弟もいたそうです。
この「直接届ける」という、非効率かもしれませんが、人間味あふれる行動こそが、このプロジェクトが単なる物品寄付ではないことを証明しています。それは、作り手の想いを直接届けるという、コミュニケーションそのものでした。そして、この旅で得た子どもたちの笑顔と教育現場からの感謝の声が、「この活動を静岡だけで終わらせてはいけない」という、次なる挑戦への大きな原動力となったのです。
なぜ名球会は動いたのか?レジェンド達が“ただの的当て”に見た未来
静岡県内で着実に実績を積み上げた「59ZUBAAN!」プロジェクト。その活動は、やがて球界のレジェンドたちの耳にも届くことになります。そして、この草の根の活動に、一般社団法人日本プロ野球名球会が公式に後援を表明するという、大きな転機が訪れます。なぜ、通算2000本安打や200勝といった輝かしい記録を持つ伝説の選手たちは、この“ただの的当て遊具”に野球の未来を託したのでしょうか。
和田一浩氏、中村紀洋氏が語る「遊びから始める」ことの重要性
名球会がこのプロジェクトを支援する理由は、その理念にあります。名球会は、「野球を通じて次世代を育む」「身体を動かす楽しさを子どもたちに伝える」ことを重要な使命と位置づけています。この理念と、「59ZUBAAN!」が目指す「遊びを通じた投力向上と野球への入口作り」という目的が、完璧に一致したのです。
名球会理事長であり、現役時代には首位打者や2000本安打を達成した強打者・和田一浩氏は、このプロジェクトに対し、「遊びを通じて野球が上手になる」と力強くコメントしています。また、近鉄バファローズなどで活躍し、通算404本塁打を記録した中村紀洋氏も、「高校のコーチをしているけど1つほしいね」「これはぜひ、全国に広がってほしいです」と絶賛の声を寄せています。
彼らのような、プロの頂点を極めた選手たちが口を揃えて「遊び」の重要性を説くのはなぜでしょうか。それは、彼ら自身が、野球の技術を磨き上げる遥か以前に、「ボールを投げるのが楽しい」「遠くに飛ばすのが面白い」という純粋な遊びの体験からスタートしているからです。
「技術」の前に「楽しい」を。レジェンド達の共通認識
少年野球の現場では、時に「楽しむこと」よりも「正しく教えること」が優先されがちです。肘の角度、体重移動、体の開き…。もちろん、それらは上達のために重要な要素です。しかし、子どもたちが「楽しい」と感じる前に、あまりに多くの「正しさ」を求めてしまうと、野球そのものが「やらされるもの」「退屈なもの」になってしまう危険性があります。
レジェンド達は、そのことを誰よりも深く理解しています。だからこそ、彼らは「59ZUBAAN!」のシンプルさに価値を見出したのです。この遊具は、難しい技術論を一切介さず、ただ「狙って、投げて、当てる」という、野球の根源的な楽しさだけを抽出しています。子どもたちは夢中になってボールを投げる中で、無意識のうちに自分の体が最も力を発揮できる投げ方を探し始めます。それは、教え込まれたフォームではなく、自分自身の体と対話しながら見つけ出す「生きた動き」です。
名球会は、この「遊び」こそが、子どもたちの主体性を引き出し、継続的な成長の土台となる「楽しい」という最強の動機付けを生み出すことを見抜いたのです。
権威が認めた、新しい野球普及の「正当性」
日本プロ野球名球会という、球界最高の権威が後援についたことの意味は計り知れません。これにより、「59ZUBAAN!」プロジェクトは、単なる一企業の社会貢献活動から、「プロ野球界が公式に認めた、次世代育成のための有効なメソッド」へと昇華しました。
これは、特に私たち保護者や、現場の指導者にとって非常に大きな意味を持ちます。
「遊びばかりさせていては、上手くならないのではないか?」
「もっと専門的な練習をさせた方が良いのではないか?」
そんな不安に対し、名球会は「いや、その“遊び”こそが全ての土台なのだ」という、力強いお墨付きを与えてくれたのです。
2024年夏に大阪で開催された名球会の野球教室では、実際に「59ZUBAAN!」がウォーミングアップやアトラクションとして使用されました。子どもたちが楽しそうに的当てに興じる姿を、レジェンド達が温かい目で見守る。その光景は、これからの野球普及のあり方、そして少年野球指導の新しいスタンダードが「遊び」と共にあることを象徴していました。
全国1,061校が熱狂!教育現場と子どもたちのリアルな声
名球会という強力な援軍を得て、プロジェクトは静岡県内での成功体験を基に、全国展開へと大きく舵を切ります。その手段として選ばれたのが、クラウドファンディングプラットフォーム「READYFOR」を通じた資金調達でした。目標金額は5,000万円。全国の寄贈希望校に遊具を届けるための、壮大な挑戦の始まりです。
この挑戦が始まると、日本全国から、私たちの想像を絶するほどの熱い「共感」の声が寄せられることになります。
「大谷グローブの次にほしかった!」学校現場からの切実な要望
全国の自治体を通じて寄贈希望を募ったところ、北は北海道・礼文島、南は沖縄・与那国島まで、なんと1,061校もの小学校や特別支援学校から「59ZUBAAN!がほしい」という切実な声が届きました。
その声には、現代の教育現場が抱えるリアルな課題が映し出されていました。
【長野県の小学校より】
「大谷グローブで休み時間に遊んでいる子ども達が59ZUBAAN(ストラックアウト)を丁度、ほしがっていたところです。連学年で遊んでいる子ども達に更に、野球の楽しさを味わってほしいです」
このコメントは象徴的です。大谷翔平選手が寄贈したグローブによって「捕る」楽しみを知った子どもたちが、次に求めるのは自然と「投げる」楽しみでした。「捕る」と「投げる」がセットになって初めて、野球の楽しさは完成します。「59ZUBAAN!」は、大谷選手の想いを繋ぎ、子どもたちの興味を次のステップへと導く、まさに完璧なパートナーだったのです。
【宮崎県の教育委員会より】
「○○町は自然豊かですが、山間部につき、遊戯施設等も特にありません。元気にグラウンドでのボール遊び等が数少ない楽しみの一つでもあります。町内の子ども達も大変楽しみにしているところです」
この声は、運動機会の地域間格差という深刻な問題を浮き彫りにします。指導者や高価な用具がなくても、この遊具一つあれば、子どもたちに平等な「遊ぶ権利」を提供できる。プロジェクトが持つ社会的意義の大きさが伺えます。
特別支援学校でも笑顔が生まれるインクルーシブな設計
特筆すべきは、多くの特別支援学校からも強い要望が寄せられたことです。
【大阪府の視覚支援学校より】
「本校は視覚支援学校でボールを投げる機会が少ない中で、ボールを投げて的に当った音を感じ、投げる楽しさを経験できればと思っています」
「59ZUBAAN!」のシンプルで安全な設計は、障がいの有無に関わらず、すべての子どもたちが楽しめるインクルーシブ(包摂的)なデザインになっていました。実際に静岡県御殿場特別支援学校の校長先生は、「子どもたちは、自身が投げたボールでパネルが落ちると、ガッツポーズをして大喜びです。当たったときの結果も分かりやすく、安全に遊べる」とその教育効果を高く評価しています。
この遊具が、野球という枠を超え、すべての子どもたちに「体を動かす喜び」と「成功体験」を届ける可能性を秘めていることが、このエピソードからわかります。
クラウドファンディングに寄せられた支援者たちの“共感”の言葉
全国の学校からの熱い要望は、READYFORのクラウドファンディングページを訪れた多くの人々の心を動かしました。
「たくさんの子どもたちに届きますように!」
「昨年静岡県の小学校に1校1校届けていたときのインスタは毎日楽しみに見させていただきました。今度は全国なんですね!素晴らしい取り組み、心から応援しています」
「素晴らしい取り組みだと思います。運営者の善意や熱意は全国の子供達に届くと思います。応援しています」
これらのコメントは、多くの人々がこのプロジェクトを単なる物品寄付ではなく、「子どもたちの未来への投資」「日本の野球文化を守るための活動」として捉え、自らもその一員として参加したいと願っていることの現れです。
作り手の情熱が、子どもたちの笑顔を生み、その笑顔が教育現場を動かし、やがてレジェンドたちの心を揺さぶり、そして今、全国の市民を巻き込んだ大きな「共感の輪」へと広がっているのです。
家庭で実践!今日から始める「我が家流59ZUBAAN!」
「59ZUBAAN!」プロジェクトの素晴らしい点は、その哲学が学校やチームだけでなく、私たち一般家庭でも簡単に応用できることにあります。高価な道具や広いグラウンドがなくても、「投げる楽しさ」を育むことは可能です。ここでは、プロジェクトのエッセンスを抽出し、今日から親子で始められる「我が家流59ZUBAAN!」のアイデアをご紹介します。
【準備編】段ボールとペットボトルでOK!手作り的当てのアイデア
大切なのは、立派な道具を揃えることではありません。子どもが「やってみたい!」と思えるような、ちょっとした工夫です。
- 段ボールストラックアウト:
一番手軽なのが、段ボールを使った的です。スーパーなどで貰える大きめの段ボールに、9つの穴を開けたり、点数を書いたりするだけで立派な的になります。穴の大きさを変えたり、高得点の穴を小さくしたりすると、ゲーム性が高まります。 - ペットボトルボーリング:
空のペットボトルを数本並べれば、投げて倒すボーリングゲームになります。中に少しだけ水を入れると、倒れにくくなり難易度が上がります。倒した時の「ガシャーン!」という派手な音も、子どもにとっては大きな魅力です。 - 吊り下げタオル:
物干し竿や木の枝から古いタオルを吊るし、それを的にするのも良い方法です。タオルが揺れることで、ボールが当たったことが視覚的に分かりやすく、ボールが跳ね返ってくる心配も少ないため安全です。
ボールも、最初は新聞紙を丸めてテープで固めたものや、100円ショップで売っているような柔らかいカラーボールで十分です。大切なのは、「危なくない」そして「失敗を恐れずに思い切り投げられる」環境を整えてあげることです。
【ルール編】親子で盛り上がる!オリジナルゲームルールの作り方
ただ投げるだけでは、すぐに飽きてしまうかもしれません。親子で一緒にルールを考えることで、遊びはもっとクリエイティブになります。
- ポイント競争:
的に点数をつけ、「10球投げて合計点を競う」といったシンプルなルールが盛り上がります。「パパは利き手じゃない方で投げる」などのハンデをつけると、親子で対等に楽しめます。 - ビンゴ形式:
9マスの的に、縦・横・斜めのいずれかを先に射抜いた方が勝ち、というビンゴルールもおすすめです。「次はどこを狙うか」という戦略性も生まれます。 - ミッションクリア型:
「3回連続で同じ場所に当てる」「全部の的に当てるまで終わらない」など、少し難しいお題に親子で協力して挑戦するのも、絆を深める良い機会になります。
ルールを考える上で大切なのは、「子ども自身に決めさせる」場面を作ることです。「どこの的に当たったらボーナスポイントにする?」などと問いかけることで、子どもの主体性を引き出すことができます。
【上達編】「遊び」を「学び」に変える、野球パパの三つの声かけ術
この「遊び」を、子どもの「成長」に繋げるために、私たち野球パパができることは何でしょうか。それは、技術を教え込むことではなく、子どものやる気を引き出す「声かけ」です。
- 結果ではなく「プロセス」を褒める:
「的に当たったね、すごい!」という結果を褒めるだけでなく、「今の腕の振り、すごく良かったよ!」「最後まで的をしっかり見てたね!」というプロセスに注目して声をかけましょう。子どもは、自分の動きを肯定されることで、自信を持って次の投球に臨むことができます。 - 擬音語・擬態語を使う:
「もっと腰を回して」ではなく、「体を“ギュッ”とひねって、“ビュン!”と投げてみようか」のように、子どもがイメージしやすい言葉を使いましょう。「59ZUBAAN!」という名前そのものが、このアプローチのお手本です。 - 問いかけて考えさせる:
「どうして今のは上手く投げられたんだと思う?」「どうすれば、あの高い的に届くかな?」。すぐに答えを教えるのではなく、子ども自身に考えさせる問いかけをしてみましょう。子どもは、自分で考えて工夫し、成功した体験を通して、本当の意味での「学び」を得ていきます。
これらのアプローチの根底にあるのは、「主役はあくまで子どもである」という考え方です。私たちはコーチではなく、あくまで子どもが楽しむための最高の「サポーター」なのです。
まとめ:野球の入口は一つじゃない。「投げる楽しさ」から、未来は始まる

あの日、固いグローブでボールを捕れずに泣いていた息子。そんな彼が、今では段ボールの的に向かって、笑顔でボールを投げ込んでいます。まだフォームはめちゃくちゃかもしれません。でも、彼の目には、かつての悔し涙ではなく、「楽しい!」という純粋な輝きが宿っています。
「59ZUBAAN!」プロジェクトの軌跡を追いかける中で、私は、自分が囚われていた「野球の常識」がいかに凝り固まったものだったかを痛感させられました。野球の入口は、決してキャッチボールだけではありません。バッティングから入る子、走るのが好きな子、そして、投げることの爽快感に目覚める子。その入口は、子どもの数だけあっていいはずです。
静岡の3人の情熱から始まったこの活動は、子どもの体力低下、野球人口の減少という大きな社会課題に対して、「遊び」という最もシンプルで、最もパワフルな解決策を提示してくれました。それは、高価な道具やエリート教育ではなく、誰もがアクセスできる「楽しさの平等」を実現しようとする、壮大な社会実験なのかもしれません。
もし、あなたのお子さんが、かつての私の息子のように、野球の入口でつまずいているのなら。
もし、あなたが、野球の楽しさをどう伝えればいいか悩んでいるのなら。
一度、グローブを置いてみませんか。
そして、親子で夢中になれる「的」を探しに出かけませんか。
「ズバーン!」
その気持ちの良い音が、子どもと野球の未来を繋ぐ、最初のファンファーレになるはずです。
