鈴木誠也と畠山愛理に学ぶ「完璧じゃない妻」のすすめ。少年野球で親が陥る“サポートの罠”と5つの抜け出し方
2025年10月16日、シカゴの空の下、メジャーリーグ・カブスに所属する鈴木誠也選手が、妻であり元新体操日本代表の畠山愛理さんと笑顔で肩を寄せ合う一枚の写真がSNSで話題となりました。キャリアハイの成績を収めた夫を、彼女はどのように支えていたのでしょうか。
その本質は、多くの人が想像する「完璧なサポート」とは少し違うところにありました。
この記事の本題に入る前に、まずは2人の野球パパによる導入の対談をお聞きください。
音声でお話した通り、この記事では、鈴木誠也・畠山愛理夫妻の物語を深く掘り下げることで、少年野球の現場で親が陥りがちな「サポートの罠」の正体を解き明かします。そして、その罠から抜け出し、家族全員が笑顔を取り戻すための具体的な5つの処方箋を提案します。
あなたのサポートは、本当に子どものためになっていますか？ そして、そのサポートの中に、家族の笑顔はありますか？
畠山愛理が囚われた「完璧な妻」という呪縛
元トップアスリートだからこその重圧と「内助の功」という見えない期待
ロンドン、リオと二度の五輪に出場した元トップアスリートである畠山愛理さん。彼女ほどアスリートの心身を理解できるパートナーはいないでしょう。しかし、そんな彼女でさえ、結婚当初は「アスリートの妻」という役割に重圧を感じ、見えない期待に縛られていました。
特に日本には、「妻は表に出ず、夫を後ろで支えるのが素晴らしい」という、いわゆる「内助の功」を美徳とする風潮が根強く残っています。彼女自身もその価値観に無意識のうちに自分を当てはめ、苦しんでいた一人でした。
球場へ応援に行っても、帽子を深くかぶり、夫がホームランを打っても手放しで「ヤッター！」と喜ぶことすら、どこか気が引けていたと彼女は語っています。元トップアスリートとして脚光を浴びてきた自分と、「選手の妻」として求められる控えめな姿との間で、彼女は大きな葛藤を抱えていたのです。
SNSの心無い声と「仕事をしないで支えて」というプレッシャー
そのプレッシャーに追い打ちをかけたのが、SNSを通じて寄せられる心無い声でした。「仕事をしないで誠也を支えてくれ！」といった一方的なコメントは、決して少なくなかったといいます。
もちろん、多くのファンは温かい応援メッセージを送ってくれます。しかし、ほんの一部の心無い言葉が、じわじわと心を蝕んでいくのです。外部からの期待と、自分の中にある「選手の妻はこうじゃなきゃいけない」という固定観念が重なり、畠山さんは無意識のうちに自分自身を追い込んでいきました。
これは、少年野球の現場で他の保護者からの視線や評価を気にするあまり、自分らしいサポートの形を見失ってしまう親御さんの心境と、どこか通じるものがあるのではないでしょうか。
資格取得、完璧な家事…自らを追い詰めた「こうあるべき」という自己暗示
「完璧な妻でなければならない」という思い込みは、彼女の行動を支配していきます。元々持っていた栄養知識で十分だったにもかかわらず、アスリートフードマイスターの資格を取得。栄養バランスを完璧に計算した料理を何品も食卓に並べ、仕事でどんなに疲れていても、夫が帰宅する前には部屋を完璧に掃除しなければ気が済まない。そんな毎日でした。
「今思うと『なんであんな頑張っちゃっていたかなぁ』と思うんですけど」
後に彼女はそう振り返っていますが、当時はまさに「こうあるべき」という自己暗示にかかっていたのです。この強迫観念にも似た完璧主義は、彼女から心の余裕と自然な笑顔を少しずつ奪っていきました。
夫・鈴木誠也がかけた「魔法の言葉」と夫婦の変化
「頑張り過ぎないで。笑っていてほしいんだ」- パートナーが本当に求めていたもの
張り詰めた糸が、いつ切れてもおかしくない。そんな状況にあった畠山さんを救ったのは、他ならぬ夫・鈴木誠也選手本人からかけられた、飾らない一言でした。
「頑張り過ぎないでほしい。素でいてくれたらいい。笑顔でいてくれることがいちばんうれしい」
この言葉を聞いた瞬間、彼女の肩からすっと重荷が降りたといいます。「そんなことはお願いしてないよ」と夫に言われ、初めて自分が勝手に「完璧な妻」という幻想を追い求め、それに苦しんでいたことに気づかされたのです。
パートナーが本当に求めていたのは、完璧な食事や塵一つない部屋ではありませんでした。ただ、心から笑っていてほしい。それだけだったのです。この出来事は、二人の関係性における大きな転機となりました。
完璧を手放した日 – アメリカでの生活が教えてくれた「新しい当たり前」
2022年、鈴木選手のメジャーリーグ移籍に伴い、一家はアメリカ・シカゴでの新生活をスタートさせます。そこで畠山さんが目の当たりにしたのは、日本とは大きく異なる「アスリートの妻」を取り巻く空気感でした。
メジャーリーガーの奥さんたちは、球場で周りの目を気にすることなく、野球観戦そのものを心から楽しんでいました。夫の活躍に素直に立ち上がって喜び、時には飲み物を片手に、球場の雰囲気全体を満喫している。その自由で自然体な姿は、畠山さんにとって衝撃的でした。
「今は私も知らない方ともハイタッチしたり、立ち上がったりするくらい素直に喜んでます。球場でも素直に夫のことを応援できているなと思います」
完璧であろうとすることから自分を解放し、ありのままの感情で夫を応援する。アメリカでの生活は、彼女に新しい「当たり前」を教えてくれたのです。
「お互い甘え上手に」- 一方的に“支える”から、共に“支え合う”パートナーシップへ
完璧を手放したことで、夫婦関係にも良い変化が訪れました。「お互い甘え上手になりました」と畠山さんは語ります。
例えば、食事の準備が大変な時には、無理せず球場のカフェテリアで食べてきてもらう。これは、以前の彼女なら考えられなかった選択でした。一方的に「支える」という固定観念から抜け出し、時にはパートナーに「甘える」。そうすることで、心に余裕が生まれ、結果として、より質の高いサポートができるようになるのです。
これは、夫が妻を、妻が夫を支える、双方向の「支え合い」の関係です。鈴木選手が2025年シーズンにキャリアハイの成績を残せたのは、こうした健やかなパートナーシップが、彼の精神的な安定の大きな基盤となっていたからに違いありません。
これは他人事ではない。少年野球パパが陥る「サポートの罠」の正体
鈴木誠也選手と畠山愛理さん夫妻の物語は、決して特別な世界の出来事ではありません。むしろ、少年野球に関わるすべての家族にとって、重要な示唆に富んでいます。なぜなら、多くの野球パパやママが、良かれと思って「サポートの罠」に陥ってしまっているからです。
なぜ良かれと思ったサポートが逆効果に？親の過干渉が子どもから奪う3つのもの
子どもの成長を願う気持ちは、親として当然のものです。しかし、その思いが強すぎるあまり、過干渉になってしまうケースは後を絶ちません。親の過干渉は、子どもから大切な3つのものを奪ってしまいます。
- 自主性：「ああしろ、こうしろ」と親が指示を出しすぎると、子どもは自分で考えることをやめてしまいます。失敗を恐れ、親の顔色をうかがい、指示待ちでしか動けない選手になってしまうのです。
- 自己肯定感：他の選手と比較されたり、結果ばかりを求められたりすると、子どもは「自分はダメな人間だ」と感じるようになります。親の評価がなければ自分を認められない、脆い心を育んでしまいます。
- 野球を楽しむ心：何よりも深刻なのは、大好きだったはずの野球が「親のためにやるもの」「やらされているもの」に変わってしまうことです。楽しむ心を失った時、子どもの成長は止まってしまいます。
我が子を「コーチ化」する親たち – 愛情とエゴの境界線はどこにあるのか
熱心なあまり、親自身が「コーチ化」してしまうのも、よく見られる光景です。試合中にベンチの監督よりも大きな声で我が子に指示を出したり、試合後に長時間にわたって「今日の反省会」を開いたり…。
その行動の根底にあるのは、間違いなく我が子への愛情でしょう。しかし、その愛情が、いつの間にか「子どもを自分の思い通りにしたい」「自分が果たせなかった夢を託したい」という親のエゴにすり替わってしまっている危険性はないでしょうか。
愛情とエゴの境界線は非常に曖昧です。しかし、そのサポートが「子どもの笑顔」を増やしているか、それとも「親の自己満足」を満たしているだけなのかを自問自答することが、その境界線を見極める第一歩となります。
お茶当番、遠征、親同士の人間関係…週末を捧げる親たちの疲弊と「完璧な親」という幻想
選手のサポートだけでなく、少年野球には保護者の負担が重くのしかかります。週末はすべて練習や試合で潰れ、早朝からの場所取り、お茶当番、審判のサポート、遠征の車出し、そして気を使う親同士の人間関係…。
「子どものためだから」と自分に言い聞かせながらも、心身ともに疲弊している親御さんは少なくありません。そして、その疲弊は、家庭内の空気にも影響を与えます。親が笑顔を失えば、子どもも安心して野球に打ち込むことはできません。
私たちは、いつの間にか「完璧な親でなければならない」という幻想に囚われてしまっているのかもしれません。しかし、畠山さんが気づいたように、子どもが、そしてパートナーが本当に求めているのは、完璧なサポートではなく、家族の笑顔なのです。
子どものスポーツと親の関わり方についての調査
実際に、親の関わり方が子どものスポーツ活動に与える影響は、様々な調査でも指摘されています。例えば、笹川スポーツ財団が行った調査によれば、家族と一緒にスポーツを「する」「観る」「話す」という機会が多い子どもほど、1週間の総運動時間が長くなるという明確な相関関係が示されています。
つまり、親がポジティブに関わること（＝応援）が、子どもの活動量を引き上げているのです。しかし、これはあくまで子どもが「楽しい」と感じる関わり方であって、もし親の関わりが過度な期待や結果の追求（＝圧力）に変わってしまえば、その効果は失われ、むしろ子どものスポーツ離れを引き起こす原因にもなりかねません。親のサポートが「応援」になるか「圧力」になるかは、まさに紙一重なのです。
「完璧」を手放す勇気 – 家族の笑顔を取り戻すための5つの処方箋
では、どうすればこの「サポートの罠」から抜け出し、家族全員が笑顔で野球に関わることができるのでしょうか。ここでは、明日から実践できる5つの具体的な処方箋を提案します。
【処方箋1：評価軸を変える】 「結果」ではなく「挑戦したプロセス」を言葉にして具体的に褒める
試合に負けた。エラーをした。三振した。そんな時、私たちはつい「なんであんなエラーしたんだ！」「もっと集中しろ！」と結果だけを見て叱責してしまいがちです。しかし、本当に大切なのは結果ではありません。
子どもがその結果に至るまで、どのような「挑戦」をしたのか。そのプロセスに目を向けてみましょう。
- 「あの難しい打球に飛びついた勇気、すごかったね！」
- 「結果は三振だったけど、最後まで自分のスイングができていたよ。かっこよかった！」
- 「ピンチの場面でも、逃げずにバッターに向かっていったね。その気持ちが一番大事だ。」
結果ではなく、子どもの挑戦や努力のプロセスを具体的に言葉にして褒める。この小さな習慣の積み重ねが、子どもの自己肯定感を育み、「失敗を恐れず挑戦する心」を育てます。
【処方箋2：親が“ゆるさ”を見せる】 失敗談を語り「失敗しても大丈夫」という心理的安全性を作る
子どもに「失敗してもいいんだよ」と伝える最も効果的な方法は、親自身が失敗を恐れない姿、つまり“ゆるさ”を見せることです。
- 仕事での失敗談を「パパ、今日こんなミスしちゃってさ〜」と笑いながら話す。
- うまくいかないことがあった時に「まあ、いっか！次頑張ろう！」と前向きに切り替える。
- 子どもとのキャッチボールで暴投して、「ごめんごめん、パパもまだまだだな！」と明るく言う。
親が完璧ではない姿を見せることで、家庭内に「失敗しても大丈夫」という安心感が生まれます。この心理的安全性が、子どもがプレッシャーから解放され、のびのびとプレーするための土台となるのです。
【処方箋3：“剛速球”を投げない】 子どもの本音を引き出す「言葉のキャッチボール」の技術
親子間のコミュニケーションは、よくキャッチボールに例えられます。しかし、熱心な親ほど、子どもが捕れないような“剛速球”を投げてしまいがちです。「こうだろう」「こうすべきだ」と自分の意見を押し付け、子どもの意見を聞かずに会話を終えてしまうのです。
大切なのは、子どもが捕りやすい、優しいボールを投げてあげること。
- 「今日の試合、どうだった？」とオープンな質問から始める。
- 「そっか、悔しかったんだね」と、まずは子どもの感情を受け止める（共感）。
- 「どうすれば、次はもっと楽しくなるかな？」と一緒に考える姿勢を見せる。
親が一方的に話すのではなく、子どもの言葉にじっくりと耳を傾ける。この丁寧な「言葉のキャッチボール」こそが、子どもの本音と信頼を引き出す鍵となります。
【処方箋4：野球以外の時間も大切にする】 家族全体の幸福度を上げる「野球デトックス」のすすめ
週末が野球漬けになり、家族の会話も野球のことばかり…そんな家庭は少なくありません。しかし、野球から意識的に離れる時間、いわば「野球デトックス」も非常に重要です。
- 月に一度は、野球の道具を一切持たずに家族で出かける日を作る。
- 夕食の時間は、野球以外の話題（学校のこと、友達のこと、好きなテレビ番組のことなど）を意識して話す。
- 野球をしていない兄弟姉妹との時間を大切にする。
野球はあくまで家族の生活の一部です。野球以外の時間で家族の絆を深めることが、結果的に子どもの精神的な安定につながり、野球のパフォーマンスにも良い影響を与えます。家族全体の幸福度を上げることこそが、本質的なサポートなのです。
【処方箋5：夫婦で“サポート観”を共有する】 パパとママの価値観のズレをなくすための対話術
父親は技術的な指導に熱心だが、母親は子どもの自主性を重んじたい。こうした夫婦間の“サポート観”のズレは、子どもを混乱させ、家庭内の不和の原因にもなります。
大切なのは、夫婦でしっかりと対話を持ち、「我が家として、どういう方針で子どもの野球をサポートしていくか」を共有することです。
- 「私は、結果よりも楽しむことを一番大事にしてほしいと思ってるんだけど、あなたはどう思う？」
- 「子どもへの声かけで、お互いに気をつけたいことって何かあるかな？」
- 「チームとの関わり方について、我が家としてのルールを決めておかない？」
どちらか一方が我慢したり、押し付けたりするのではなく、お互いの価値観を尊重し、対話を通じて着地点を見つける。このプロセスそのものが、子どもにとって最高の教育であり、家族というチームを強くするのです。
まとめ
鈴木誠也選手の活躍が証明したもの – 家族の笑顔こそが子どもの成長の土台になる
この記事の冒頭で紹介した、鈴木誠也選手と畠山愛理さんの笑顔の写真。あの笑顔は、決して偶然生まれたものではありません。
妻が「完璧な妻」であろうとするプレッシャーから自らを解放し、夫がそれを温かく受け入れ、「笑顔でいてほしい」と願った。そして、夫婦がお互いに支え合う健やかなパートナーシップを築き上げた。その先に、あの心からの笑顔はありました。そして、その笑顔に支えられ、鈴木選手は最高のパフォーマンスを発揮したのです。
この物語は、私たちに教えてくれます。
家族が笑顔でいることこそが、子どもの成長にとって何よりの土台になるという、シンプルで、しかし最も本質的な真実を。
今日からできる小さな一歩 – 「完璧じゃない自分」を許すことから始めよう
「サポートの罠」から抜け出すのに、大きな覚悟や特別なスキルは必要ありません。まずは、「完璧な親じゃなくてもいいんだ」と、自分自身を許すことから始めてみませんか。
試合でお弁当作りを少し手抜きしたっていい。仕事で疲れて練習に付き合えない日があったっていい。子どもに厳しく言い過ぎてしまったら、「さっきはごめんね」と素直に謝ればいい。
完璧じゃない親の姿は、子どもに「完璧じゃなくても愛されるんだ」という安心感を与えます。その安心感こそが、子どもが自分らしく、のびのびと白球を追いかけるための、何よりのエネルギーになるのです。
あなたの家族にとっての「最高のサポート」とは何か、改めて問いかける
この記事で提案した5つの処方箋が、すべての家族にとっての正解というわけではありません。大切なのは、あなたの家族が、あなたたちらしい「最高のサポート」の形を見つけていくことです。
その答えは、きっと難しい理論の中にあるのではありません。
家族の笑い声の中に、何気ない日常の会話の中に、そして、グラウンドで野球を楽しむ子どもの笑顔の中に、そのヒントは隠されているはずです。
さあ、今日から「完璧なサポート」を目指すのをやめて、「家族の笑顔」を増やすためのサポートを始めてみませんか。